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エッセイ | 知らないから1番おいしい

私が通っていた大学の近所にはうどん屋があった。個人経営ではなく、よくあるチェーン経営のうどん屋だ。田舎から出てきたばかりの私はそのお店を知らなかったのだが、上京して何年もたっている今でもそのお店のことはあまり知らない。

1人で行くこともあったし、友だちと食べに行くことも多かった。特に、研究室に所属しだしてからは夜まで大学にいることが多く、そうなると夕飯を同じ研究室の友だちと食べる機会も増えていった。

遅い時間帯は大学の近所で経営している飲食店は少なかった。選べるほどお店の選択肢があるわけでもないため、ちょうど帰り道にあるそのうどん屋へ行くことが多くなる。


よく一緒にいた友だちの1人は私と同じく一人暮らしだった。一人暮らしの私たちは長期休暇に謎のアルバイトをやるくらいで、それ以外は毎日仕送りを切り詰めながら生活していた。そのため、外食となればお金を節約したいと思ってしまう。

私はいつもかけうどんとちくわ天を注文していた。注文する天ぷらの種類が変わることはあっても、かけうどんが変わることはなかった。これがおいしい上に安いのだ。おなかも満たせて安心感もある。

友だちは行くたびにいろんなメニューを注文していた。釜玉うどんやきつねうどん、カレーうどんなど私が注文したことのないメニューを持って隣の席にやって来る。


ある日そのお店に行くと期間限定で肉うどんが販売されていた。私にとってはうどんメニューが増えてもどうということはない。どちらかといえば天ぷら1つ無料券を毎回配布してほしかった。

「肉うどんの季節だ! おいしいんだよね」期間限定のポスターを見た友だちが反応し、その日の夕食はうどんに決まった。

その友だちが食べ物でテンションを上げていることが珍しく、一緒に行った人はみんな肉うどんを注文した。私は当然かけうどんだ。

席に着くと両隣を肉うどんに挟まれる。
「前後の人も肉うどんを食べていたら取られていたね」なんて私が言うと、「普通はオセロで例えるでしょ。囲碁じゃないよ」と上機嫌に友だちが返してくる。


「なんでいつもかけうどんを食べているの?」肉うどんの肉を全部食べ、残すはうどんのみとなったどんぶりを見ながら友だちがいってきた。

「かけうどんがおいしいから」私はうどんにコロッケを載せる。

「でも肉うどんもおいしいよ。かけうどんに甘辛い牛肉が乗っているんだから嫌いな人はいないでしょ?」

「このお店ではかけうどんしか食べないって決めているから」

「どうして?」

「かけうどんの味しか知らなければ、このお店で1番おいしいのはかけうどんだから」

私がそう答えると「そんなのへりくつだ!」といって、そこからは友だちによる肉うどんのおいしさについてのプレゼンが始まった。

エンジンがかかった友だちは勢いがいいため、話の腰を折ることは無理だろう。しまったと思いながら、私はうどんに浮かせていたコロッケを箸で沈める。



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