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「針と糸」(小川糸 著)

この前の「夏物語」でエネルギーを使い果たしてしまったので笑、ちょっとエッセイでも読んでみようかなと思いました。小説を読むのって重要な伏線を読み落とさないようにしないといけないし、話がつながっているのでまあまあ脳内のメモリを消費する知的作業なんですよね。まあそれが楽しいんですけど。それに比べてエッセイは読み終わった部分は忘れてしまっても大丈夫っていう安心感がある。体感的に小説の3分の1くらいのエネルギーで読める気軽さがあります。

あとエッセイは作家さんの人となりが分かるのが好きですね。普段どんなことを考えながら生活してるかなんて、現実の人付き合いでもそんなに聞けないじゃないですか。でもニュースとかで得られるたくさんの「事実」よりも、人が生きていくなかで紡ぎ出されてきた「考え」のほうが何百倍も価値がある情報だよねっていう考えが私にはあります。まあSNSとかを見てるとその「考え」もピンキリなんだなあと思わされてしまうのですが、ある程度実績のある作家さんのそれは、一定以上の質が保証されているような気がするのです。

小川糸さんは自分の生き方を「双六(すごろく)人生」って表現してるんですけど、私もけっこう行き当たりばったりなところがあるのでとても共感しました。モンゴルで何ヶ月か遊牧民生活をして、自分がどこに住むかはほんとうに自分で決めていいんだ、と気付いたというのはすごい体験ですよね。私は子供の頃から転校生だったので新しい環境に飛び出すことにそこまで抵抗はないんですけど、それでも歳をとってくると新しい環境に順応するのがだんだん面倒になってきてしまうところがあります。糸さんの文章を読んで、ここぞという時のフットワークの良さは失わないようにしたいと思いました。

このエッセイの半分以上はベルリンでの生活について書かれているのですが、糸さんのベルリン愛が伝わってきて、一度は行ってみようかなという気になります。冬が厳しいのは嫌だけど、住んでいる人に皆ちょっとした余裕があるというのは本当に魅力的だなあと思いました。「日本全体が巨大なショッピングモールのよう」というのは本当に私もそう思っていて、関東でちょっと郊外に行くと人が多いだけで何も文化がない街ってよくありますよね。それだったら少し不便でもいいから、歴史とか文化のある街のほうが、よっぽど人として生きていくには適した場所だなと思うのです。昔よりリモートワークとかもしやすくなっているし、人生のどこかでそういう場所に生活の拠点を移したほうが、日々を充実して過ごせるのかあと思ったりしました。

文庫版のあとがきに、糸さんが旦那さんと離れられたことがさらっと触れられています。ただこのエッセイを一通り読んだ後だと、自分の人生をちゃんと生きていこうと思ったら、そういう選択も普通にあり得るよねと自然に納得できるんですよね。糸さんの文章からは、自由に生きたいという意志と、自分の人生を誰のせいにもしないという強さのようなものが伝わってきます。これからも糸さんがしなやかにご自身の人生を歩んでいくのを、陰ながら応援したいと思いました。

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