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『越後の味』品川陽子詩抄 (No.57)

越後の味

                品川 陽子

 都會生活も久しいものですけれど、いまだに故里である雪深い越後の事が忘れられなくて、その折々に、その土地特有の食べ物を、思出しては作つております。殊にこれから向う寒い季節には、土地柄だけに色色と體のあたゝまる美味しいお惣菜があつて、思いがけないそれらの材料を八百屋、魚屋、の店に見出すと、郷愁のようなものを感じて、暫は寒いのも忘れて動けなくなる事があります。
 毎日の事ですから、誰にでもわけなく出來て、美味しいお惣菜をと、こゝに二三記して見ました。初めに鮭の頭の昆布巻き、鮭の頭を、鹽の强いものでしたら半日ほど鹽出しをして、それを昆布に巻きよいように程よく切り、昆布は砂をよく拂つて、ぬれ布巾でよごれを取りましたものを三寸位に切つて鮭を巻き、白い糸で結んでおきます。
 たつぷりした水で気長に鮭の頭がやわらかになるまで煮ます。鮭の鹽が昆布にしみて、それだけでも美味しい味ですけれど、出來上りに一寸醤油を落して、好みによりお砂糖を少々いれますと、ながく煮つめましたものだけに幾日も持つて、おべんとうや、ふいのお客樣にも喜ばれ、大變いゝものです。
 寒い折など煉炭の上にかけて、編物などやりながら何でもなく出來ますし、煮ております時の匂いのいゝこと、心の中まであたゝまる思いです、出來上りましてから糸を取り二つか三つに庖丁をいれて皿につけますと、食べよくてよろしうございます。お正月用にはこれをかんぴようで結びお重にいれておきます。賣つております物と違つて、ふつくらとした出來上りと、召上つてまたその美味しいのによくこのお魚は何ですかと、聞かれる位です。鮭の頭は尾の方などと一皿にして、よく魚屋に出ておるものですし、お高いものではありませんから、頭の三つも昆布に巻きますとかなり出來ます。注意はお醤油をいれます前に骨が充分にやわらかになるまで煮ること、お醤油がはいつてさめますと身が引きしましますから、昆布と鮭の頭とがやわらかに、そして形はくずれませんので、見た目も美しく、老人子供にも向いた榮養料理です。
 この外に鮭の頭をうすく切りまして、かまのところや尾の方の身も一緒に切つて、大根やしやが薯などとグツグツ煮る、さんべ汁などと云ふのもよくします。寒い時など、殊に美味しく、鮭の鹽が野菜にしみて丁度いゝ汁かげんです。この頃デパートなどでも鮭の頭を小さく切つて皿盛りで賣つておりますので便利です。それからもう一つ酒かすを使つたとても美味しい野菜料理がございます。
 越後ではこの事を「いりごこ」と言つておりますけれど、それはこかぶ無い時はからし菜を、半日程うす鹽で切潰しておきました物を、水を切つてざるに取り、別に酒かすひとにぎり程を鍋にヒタヒタの水でとき、その中に味噌を中匙二杯程いれてよく混ぜ合せ、煮立ちました中に先の野菜をいれて手早くなんべんとなくかき混ぜて火からおろし、熱いところをうちわでさますか、水を張りました中に鍋を浮かせてさますかして出來上つたのです。
 火からおろしたものを急にさます事によつて野菜の靑みが鮮やかに、出來上りが靑菜畑に霜をおいたように美しいものです。
 これは毎年酒かすが出ると作つて、どなたにも喜ばれてるわが家の自慢料理の一つです。お好みで酒かすと味噌はかげんして下さい。(筆者は文京區本郷在住)

         「暮しの手帖」第十号 昭和二十五年十二月号 より

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                       国立国会図書館 所蔵


品川 陽子(明治38年(1905)12月6日―平成4年 (1992) 12月12日)
本名は品川 約百よぶ
新潟県柏崎町納屋町に生まれる
詩人
佐藤春夫に師事
兄に、本郷の古書店「ペリカン書房」の品川力、弟は、版画家の品川工


写真はペリカンレストランで撮られたものと思われる。

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