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涙をこらえた夜はダイキリで【第六話】

ー不採用ー
今日までの1年は、たったの3文字におさまった。


この会社で働き始めてから目標だった企画担当。決まった時はその場で飛び跳ねたんだった。1年間、形になっていく時間が楽しくてチームで前だけを向いて走ってきた。

毎日が充実してた。

企画が採用されれば、休む間もないほど忙しくなる予定だった。

「あぁあ、明日から、どうしよう」


明日からの予定が空っぽになったバックに、スマホとパソコンを突っ込んで会社を出た。外は今にも雨が降りそうな曇り空の中、しっとりと水滴をつけ汗をかいた高層ビルと、花壇のしっけた土の匂いに囲まれていた。

「雨、降らないかな…」

気持ちを落ち着かせようと駅のお手洗いへ逃げ込んだ。

悔しい気持ちを抑えられず感情に任せたままの顔が鏡に映る。このまま電車に乗れるほど、簡単に気持ちを置き去りにはできない。

雨が降ることを願いながら2駅先の自宅まで歩いて帰ることにした。

何もかもなくなった気がして明日が来るのが怖くなる。1年間の虚しさを握りしめていた手のひらは、気がつくと、”いつものところで”のドアを押していた。


「えいじさん、こんばんは」

「今日子ちゃん、いらっしゃい、この時間、珍しいね」

「今日は呑みたいの、えいじさんお任せで」

「かしこまりました」

「えいじさん、、努力って報われないね」

「どうしたの?何かあった?」

「うん、、、。進めてきた企画、だめだった。通らなかったの。念願の企画の仕事だったんだけど、私、今日まで何してきたんだろうって、、ちょっとね」

「まずはお疲れ様。頑張ったんでしょ?」

「うん。結果が全てじゃないこともわかってるけど、今日までが無駄に思えちゃって。成長できてなかったなってね」

「なるほどね、とってもわかる。成長ね」

「もっと頑張れる事あったんじゃないかって、くやしくて、、」

「悔しいよね。けどさ、成長って、結果を出すことだけじゃないと僕は思うよ。結果と成長は別ものじゃない?」

「結果と成長は別?」

「うん、結果が大事なことはわかるよ。ただ、今日までの時間を無駄にすることないと思う」

「今日までの時間」

「うん、思い通りに結果出ないとさ、楽しかった今日までが急に努力に変わるんだよね」

「思い通りか、、」

「うん、今日子ちゃん、努力しようって今日まで過ごしてきた? 今日までの時間楽しかったんじゃない?」

「うん、、」

「目標に近づく自分も、目的地に近づく距離も。結果はお構いなしに楽しめてた時間があったはずなのに。結果が出るとさ、今日までが急に無駄に見える」

「うん」

「もっと頑張れたとか。もっとできることがあったはず。って後悔でいっぱいになっちゃって。楽しんでた時間さえ苦しい時間に変わっちゃったりする」

「うん」

「僕もね。過ごしてきた時間が無意味だったんじゃないかって思ったことがあったよ。ここを始めた時、毎日新しいメニューとか、美味しいコーヒーとか、探したり試したり楽しくて。

夢中だったの。

そんなある日ね、大きなカフェが駅前にできて、店内も食事も演出もとにかく素敵で、いつも賑わっててね。」

「うん。」

「なんだか急に世間から置いてきぼりくらったみたいな気分になって、勝手に負けたって思っちゃったんだよね。勝ち負けなんて関係ないのに。

それまで夢中で楽しんで来たことが、急に全て無駄に思えちゃって。

何やって来たんだろうって。」

「えいじさん」

「走ってる時は楽しくて、努力してるなんて思ってもなかったのに。。ごめん、ちょっと話しずれちゃったけど、周りにばかり目がいって焦ったんだよね。目の前のことを見失っちゃったの」

「目の前のこと?」

「うん、競うためにここをやってるんじゃないって、初心に戻るっていうのかな?」

「うん」

「ぼくを引き戻してくれたのは、今日子ちゃんたちの”ありがとう”だったんだよ」


「わたしたち?」

「いつもここに帰ってこられるように。誰かの居場所になりたくて始めたこと、思い出させてくれた。あの頃、ありがとうを伝えるのは、ぼくの方だったんだ。なんだか、ぼくの弱音大会になっちゃったね」

「弱音大会なんて、そんな。」

「結果は受け止めてもさ、今日までの時間を無駄にすることないんだよ。必ず成長してる。今日子ちゃんが企画の仕事をしたかったのは、いつも最前の結果を残したかったからだけじゃないはず」

「えいじさん」

「はい、お待たせしました、どうぞ。ダイキリです」

「ダイキリ?」

「カクテルには、言葉が添えられていてね。ダイキリは、明日への希望。挫けても諦めない限り希望はあるよ。ってメッセージが込められてる。今抱える悔しさは、きっと生かせる。今日子ちゃんなら、大丈夫」

華奢なグラスに注がれた白く光る液体に、明日の光が見えた。

報われない努力は確かに存在するのかもしれない。それでも、努力してきた私は確かにここにいる。

明日は空っぽのバックのまま出社しよう。

新しい未来を詰め込めるように。

             22/7/3  いたちょこ


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