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漂流

窓の外に薄いピンク色を見つける。
初夏の訪れとともにそれはあっという間に散って、いつの間にか眩しい緑色に変わるから、見返さないと分かっているけど写真に撮りたくなってしまう。

そうしてスマホを取り出すが、カメラを開いたときにはもう既に知らない街が映っていて、次いで駅のホームが流れ込む。
どうやら間に合わなかったようだ。
役割をなくした手を膝に乗せ、ぼうっと車内を眺める。久しぶりの電車。

背中から差し込む光が、向かいに座る人たちの膝を次々に照らし後方へ転がる。
実際動いているのは私のほうだが、空間ごと運んでいく電車では、それ以外のものが後ろに流れているような気になってしまう。

駅のホームに立つ人、3階建てのアパート、スーパーの看板、大きな鳥居。
流れていったそれらは、視界から外れただけで今もどこかで存在し続けているのだ。

時間も耐えず流れていく。
写真は撮り損ねてしまったが、あの瞬間に桜を見た私も、まだどこかに漂っているだろうか。

川原菜緒

( 2022年のメモより )

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