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至言の体現

引っ越してきて、今日で一ヶ月。
といっても、荷物を二日に分けて運んだこともあって、ちょうど一ヶ月という気は、なんだかしない。
でも、はじめて自分で玄関の鍵を開けて、カーテンも雨戸も窓も開けて、ガスや電気を通して、夜になったら寝て、ということをしたのは、確かに一ヶ月まえだ。

この三十日間、これはこれで山あり谷ありだったなと思う。
途中でどうやら引っ越しうつとやらになり、一週間ほど寝こんだりもした。
大きな地震を契機に復活したのが、ちょうど先週の今日。

それからようやく片づけに集中できるようになった。少し過剰なぐらいに。

おかげで、あと一日か二日ぐらいで落ち着けそうなところまで来れた。
そういえば私はひどいスロースターターだったなと、今日の夕方になってふと思い出した。

そんな私の片づけに際し、強い味方になってくれた存在を、是非ともご紹介したい。

もしかしたら、引っ越しのために買ったものの中で最も役立ってくれた逸品かもしれない。段ボールストッカー。

片づけても片づけてもどうにも片づかず疲れきってしまい、玄関のドアまで圧迫していた段ボールたち。引っ越しにつきものとはいえ、私の場合はちょっと尋常ではなかったと思う。
何しろ本が多すぎた。業者さんが用意してくれた段ボール三十箱ではとても間に合わなかったので、途中で近所のホームセンターに補充しに行ってもらったりもしたし、荷物の搬入が二回に分かれたのは、いったん本以外のものを運びこみ新居で中身をカラにした後で再利用しなければならなかった、という事情もある。

引っ越しうつらしきものがどうにかなったのは地震がきっかけだったと、先に書いた。
いざというとき避難しようにも段ボールに阻まれて逃げ遅れたら大変なことになる。
あの危機感とはちょっと異なる実感がなければ、もしかしたら今もまだ寝たきりだったかもしれない。

地震があった翌朝、まず段ボールをどうやって片づけようかと台所の入り口で考えた。
そこで、既に段ボールストッカーを注文していて届いていたことが、記憶によみがえってきた。

アマゾンの履歴によれば一月末に注文し、二月あたまに受け取っている。引っ越してきてからまだ何とかやれていた時期に、準備だけはしていたようだ。とりあえずかたちから入るあたり、いかにも私らしいやり方である。

ようやっと動き出したものの、段ボールストッカーが入った段ボールにたどりつくまでが難関だった。
段ボールは中が入ったものもあればカラのものもあり、それらが不安定に積まれている台所を突破するには地味で地道な作業が必須。

そうして開けた段ボールの中に段ボールストッカーを見つけたときは、まさしく希望を手にした思いだった。

組み立てはとても単純で、ビスも工具も必要ないし、説明書がなくても私でも完成させられた。
ただ、組み立てる空間があまりないために難儀はした。組み立ててからも段ボールをつぶしてそこに収納するには、やはり場所がないと話にならない。

というわけで周囲の段ボールをチェックしてはつぶし、つぶしてはストッカーに入れ、ということをただただ黙々とくりかえしていった、一時間後。
床が明るく目に映った。
段ボールの影が激減していたのだ。

それからはコツを掴んだようなもので、段ボールはどんどん縦の積み重ねから横のまとめに姿を変えていった。
このストッカーは目安として、最大で十五個の段ボールを収納できるという。数えることはしなかったけれど、そろそろしまいきれないな、となったら、ストッカーに入れたままスズランテープを下から通し、十字に縛ってひょいと持ち上げ、あいたスペースに立てかけておく。
そしてまた段ボールをつぶし、たたんでストッカーへ、とひたすらに続けていった結果、夜までに四つの束ができあがっていた。
折しも翌日は資源ゴミの回収日。玄関のそばに放置しておいて、寝て、早めに起きて、朝一番で新居のアパート専用のゴミステーションに放りこんだ。
二往復して部屋に戻ってきたら、うそのように視界が広くなっていた。

そこから片づけは劇的に円滑になった。

段ボールをほとんどを捨てたので動きやすくなったのと、ストッカーにしまえば楽だとわかったので不安もかなり軽減された。
いっそ片づけが楽しくなってしまい、うつから一気にハイに転換して、以来、ちょっと不眠気味になりつつも朝から晩まで片づけに終始した成果が、もう「引っ越しの片づけ」が終わりそうな現在である。

アマゾンで段ボールストッカーを検索すると、結構いろいろな種類が出てくる。
私は確か値段で決めた。キャスターがついていないために、二千五百円というお手頃な価格なのだろう。キャスターつき、かつスタンドが高めの安定性に優れていそうなものは、だいたい四千円ぐらい。
私はアマゾンとヨドバシドットコムのヘビーユーザーだ。片づけが終わっても段ボール処理が日常の一部になることは想像に難くない。
それでも、低価格のシンプルなこれで充分だと判断した。

今週は片づけをし、生活がまわりだしたことによって、新たに買い足さなければならないものもわかるようになった。
次々に届く段ボールをすぐに開けてつぶしてストッカーに預け、まだ残っている業者さんじるしの段ボールも順次ストッカー送りにしたら、ちょうど一週間でいっぱいになった。
引っ越しに関する最後の一束をあさって火曜日にゴミに出せば、このストッカーそのものの置き場所もやっと決められる。
これまでは片づけの邪魔にならない場所、ということで玄関からすぐの台所のすみに鎮座してもらっていたけれど、もともとこのストッカーはデッドスペースを有効活用できるように作られている。
荷物の片づけをして家具やものの収納をしながら、今後のストッカーの居場所も確保しておいた。
うまくいけば、水曜日には台所につぶした段ボールさえ皆無の状態にできる。

段ボールストッカー。
私に何か権限でもあろうものなら、一も二もなくこの名品の発案者にノーベル平和賞を授けたい。

それぐらい私にとって良いことしかない段ボールストッカーだけれど、あえて欲を言うと、ちょっとだけストッカーをずらそうとするときあっさり分解しそうになるところ、この一点が実に惜しい。
前述どおり何か留め具を使っているわけでもなく、またキャスターもついていないから、油断して動かそうとするとたやすく上部スタンドがすっぽ抜けてしまうのだ。
たぶん場所を移動すべく持ち運ぶときは、下部を抱えていかないとならないだろう。段ボールが入っていなければかなり軽いから苦ではないけれど、キャスターつきの四千円ストッカーとの差が目に見えた思いだ。

そしてよくよく考えれば、これは恐らく自作も可能である。
構造は至ってシンプルなので、ぐにゃっと曲がるハンガー数本ぐらいで似たようなものを作れるのではないだろうか。
が、一月末にはそんな発想が浮かぶ余力すらなかったので購入した。
こう想像できるような余裕も、段ボールストッカーの偉大な効用である。
段ボールストッカーでなくても、たとえば空き箱とか、雑誌とか、一時的に見えるところに置いておきたい書類や説明書とか、軽いものならちょこちょこっと作れそうな感じはする。実際にやるかはともかく。
失敗したり必要がなくなったときの廃棄も簡単そうだ。くりかえすが、実行するかはともかくの話。

片づけに集中できるようになって、実質、一週間ほどでおわりが見えてきたのは、ひとえにこの段ボールストッカーの貢献あってのことといっても決して過言ではない。
これから引っ越しの予定がある方にも、通販を多用する方にも、全身全霊をこめてこの段ボールストッカーをおすすめしたい。

ちなみに引っ越し前の段ボール処分はどうしていたかというと、支援センターに依頼していた。
障害者の方々が入居している施設で、恐らく身体的には大きな問題がない利用者さんの作業の一環だったのだと思う。
電話をかけ「段ボール回収をお願いします」と伝えると、たいてい一時間以内にスタッフさんの運転する車がやってきた。玄関先で利用者さん数名の方々とあいさつを交わしたあと、私もちょっと手伝いながら段ボールを荷台に積めていった。完全無料だが、私はお礼にとお菓子や飲みものを渡していた。
ひんぱんにお世話になっていたものだから、電話で名乗ったとたん「段ボール回収ですね。じゃ、お伺いしますので」とすぐさま通じるようになっていた。
段ボールのほか、雑誌など古紙も持っていってくれたので、本当に便利だった。
施設は家から近いところにあった。私がそこでボランティアをする話もあったのだけれど、けっきょく実現しないまま引っ越すことになってしまった。お礼を伝えられなかったことが悔やまれる。

このへんにもそういう施設やサービスがあれば利用したいと探してみても、見つからない。
もっとも、今はコロナのこともあるから、施設入居者の出張活動は自粛している可能性が高い。

そういうわけで、今後も段ボールストッカーを最大限に愛用するつもりでいる。

おとといだったか、予約していた文庫本一冊がなぜか大きな段ボールにぽつんと入れられて、宅配で届いた。
以前の私なら「頼むよアマゾン」と暴れるところを、今や「いろいろあるわよね。いいのよ、私には段ボールストッカーがあるから」と寛容な手つきでざくざくつぶしてストッカーに入れてはいおわり、と極めて温厚に対処できるようになった。

精神衛生にも高い効果を示す段ボールストッカー。
買って良かった。ほんとうに良かった。

コロナによるステイホームが続き買いものも通販が増えた、そんなネットショッピングビギナーの方にとっても、この段ボールストッカーは間違いなく福音となることだろう。
私はもちろん回し者でも何でもないが、声を高めて世界の果てまで告げ知らせたい。
段ボールストッカー、おすすめですよ、と。「ハレルヤ」をBGMに響かせながら。




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