見出し画像

古本屋にて

 近所に1軒だけ、品揃えのいい古書店がある。
 某チェーン古書店のような二束三文で仕入れた本にごっそり利鞘を乗せて売りさばく、作家の懐を苦しめるだけみたいなゴロツキ感満載の古本ブローカーではなく、目利きの店主が価値の有る無しをきちんと値段に反映できる、信頼の置ける古書店だ。
 残念ながら僕の趣味嗜好とはすれ違っている部分が多く、店の中に入って書棚を見て回ることは少ない。店の前に並んでいる、恐らくは市場から柵で仕入れてきた残りか、近所の住人が売りにきた本が並ぶ100円均一の棚を眺めるくらいのお付き合いである。

 今日は手に入れたい分野の本がないものかと珍しく店の中に入った。
 目的の本はなかったけれど(あるにはあったが、考えているより稀覯本的な価値があるようで、金額的に折り合わなかった)、その代わりにこの2冊を見つけて、すぐさま買ってしまった。

画像1

 小林信彦の『オヨヨ島の冒険』は確か中学生の頃に読んだもの、稲見一良の『ガン・ロッカーのある書斎』は以前から探していて、手に入れられないでいたものだ。

 コロナウイルスの蔓延で外出もままならないでいるときには、東京で暮らす意味が希薄になったと感じていたが、感染の勢いがいくらか落ち着いて、久しぶりに覗いた古書店でたまたまこうした本を見つけたりすると、東京にいる便利さを手放すことができるものなのかと考えてしまう。

 神保町の古書店街に行くと、かつては金の鉱脈を探すガリンペイロみたいな目つきで書棚にかじりついている客を目にすることがあったけれど、これだけ情報化が進んでしまった社会では古書稀覯本の生き字引みたいな競取り師ももういなくなってしまっているんだろう(スマホ片手に某チェーンの店内を徘徊してる連中がやってることなど、かつての競取り師たちから見たら児戯に等しいんじゃなかろうか)。

 今となっては古書店最大の楽しみは探していた本を手に入れることより、「思わぬ発見をしてしまう」ことにあるのかもしれない。
 すっかり忘れて意識の隅にすらなかったような本が棚に並んでいるのを見つけた時の快感というものは、他ではちょっと味わえない類のものだ。
 今日は2冊、思わぬ発見があった。
 それだけで1日が幸福なものに思えてくるのだから、こんなに良い趣味もない。
 それにしても当時の角川文庫のキャッチコピーの格好よさといったら。

-----------------------------------------------------


ぜひサポートにご協力ください。 サポートは評価の一つですので多寡に関わらず本当に嬉しいです。サポートは創作のアイデア探しの際の交通費に充てさせていただきます。