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桃の冷たいスープ 後編

初めて経験する「料理としての」桃のスープは、予想の斜め上をいく味で、あまりの美味しさにぼくは感嘆の声をあげた。

デザートのスープとは明らかな相違があり紛れもなく料理になっていて、むしろデザートのそれよりも美味しい。また桃がデザートでなく「料理としてのスープ」として成立していることに驚き、作る工程で気持ち悪いと思っていただけに、かくも美味しいスープになるのかと感銘を受けた。
我ながら感心するほどの手のひら返しだけれど、それほど説得力のあるスープだった。

しばらく後になって、ぼくには思い当たることが2つあった。

桃は果物で、冷やして食べてこそ美味しい。これは間違いではないと思うし、桃のスープも完成したものは「冷製スープ」である。
だから皮を湯むきするために、わずかな時間熱湯に通すことはあっても桃を煮るために加熱するという発想がぼくにはなかった。それも鶏のだし汁で、なんてなおのことである。
ところがお師匠さんのされた工程を考えると、桃を野菜に置き換えれば先日書いたヴィシソワーズはじめ、野菜のスープを作る工程とほぼ変わらない。つまり決して気をてらった作り方でもなく、むしろ王道の作り方といえる。
これは、まさに目からうろこだった。

それにしても「鶏のだし汁で桃を煮る」というのは、おそらく日本人からは出てこない発想だと思う。少なくともぼくには思いもつかない発想だ。
この桃の冷製スープは、お師匠さんがそのまたお師匠さんから教えてもらったそうで、元ネタは「メロンの冷たいスープ」らしい。
ぼくの記憶に間違いがなければ、お師匠さんのお師匠さんもフランスで修業をされた方だったので、大元はフランスだと推測される。「スープを食べる」といったり、「お米は野菜」といったヨーロッパの人と日本人の国民性による捉え方の違いが、こういった発想の違いになるのかなぁ、と考える。

もう一つ。
コトコトと沸いているだけでなく、鶏の香りが漂う出し汁の中で桃を煮るから気持ち悪いと感じたけれど、丁寧にとった鶏のだし汁、特に前菜などに添えるゼリーにするため卵白で澄ませたものは美しくさえある。また、鶏のだし汁は冷やすとそれ自体のゼラチン質によって固まる。
それに桃を合わせると考えていれば、それほど違和感を覚えなかったかもしれない。澄んだコンソメのジュレとトマトの果肉を合わせると、とても美味しいスープになるけれど、このイメージに近い。
ついでに先日書いた「旨味の話」にも紐づけるとコンソメはグルタミン酸とイノシン酸の組み合わせで、トマトは他の野菜よりもグルタミン酸がとても豊富な上、3つめの旨味成分であるグアニル酸も含んでいる。そりゃ、美味しいはずだと腑に落ちる。桃は食物繊維と糖質のイメージしかないから「旨味の相乗効果」が、というわけでもなさそうだけれど、ちゃんと調べればなにかしら理に適っているかもしれない。あれほど美味しいのだから。

ともあれ、体系化されたフランス料理の技法もまた、やはり素晴らしいのである。


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