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めっちゃ良い会社さんですよ

ぼくが新宿マルイ本館さんでお世話になっていたとき、当時マルイさんの常務取締役であり新宿マルイ本館の店長もされていた浅田さんという男性がおられた。
現在は退任されているけれど遠藤さんの上司にあたり、平易に書けばマルイさんの中でとてもえらい方だった。

新宿店がオープンしてしばらくしたころ、館の前で浅田さんを遠目にお見かけしたけれど、ぼくは声をかけてご挨拶することを躊躇った。
浅田さんはとても気さくな方なので、遠慮とも少し違う。

ぼくが出店させてもらったのは新宿マルイ本館さんの顔とも言える右側入口すぐの場所で、もう一つの顔である左側の入口には日本初登場となったイタリアのジェラート専門店グロムさんが入っていた。

本館の開業以来、グロムさんは平日、週末問わず連日行列のできる大盛況だった一方、うちの店はといえば閑散とした日々が続いていた。
誘致していただいたときから「一等地であっても、うちは時間がかかると思います。売れないと思います」とは伝えていたけれど、それにしてもあのハイパーウルトラスーパー超一等地へあり得ない条件で招いていただいたにもかかわらず、あの状況では申し訳ない気持ちしかなく、浅田さんに合わせる顔がなかった。

そんなことを逡巡しているあいだにも浅田さんの傍らまできたぼくは、「お疲れ様です。いつもグロムさんの前を通るたびに、マルイさんに申し訳ない気持ちで一杯になります。申し訳ありません」と伝えると、浅田さんは柔和な笑みを浮かべこう言われた。

「流行りものは流行りもの。気にしなくて良いですよ。プチメックさんは時間をかけて良いブランドに育ててくれたら、それで構いませんから」

利益を追求する企業である以上待つことにも当然限界があるわけで、こんな言葉をかけてもらえる奇特な会社はマルイさんくらいだろうと感謝しかなかったし、その後も浅田さんのこの言葉は折に触れて思い出した。
何年かを経て売上も伸び、毎月の店長会議へ出席していたスタッフから「毎回、褒められますよ。いつもスタバさんか、うちが館で一番だったって」と聞くようになったので、浅田さんや遠藤さんの思いに少しは報いることができたかなと思う。

新宿で店をさせていただいて以降、それ以前とは比較にならないほどたくさんの出店打診をいただくようになったけれど、ぼくは決まってこうお伝えした。

「都内では、いまのプチメック以外に出すつもりがありません。もしマルイさんから出されるようなことがあれば、また1軒だけつくると思います。別の業態で、といったお話なら伺います」

無論、マルイさんとの契約にそういった縛りがあったわけではないし、それどころか遠藤さんからは「他所で話があれば、出してもらっても構いませんよ」とも言っていただいたけれど、ぼくはまったく考えなかった。
それほど浅田さんや遠藤さん、マルイさんへの恩義を感じていた。

それでも「お話だけでも」と多くのリーシング会社さんや商業施設さん、デパートさんの方たちとお会いする機会はあった。
その際にも決まって「どうしてマルイさんだったんですか?」と訊ねられたぼくは、必ず遠藤さんのこと、そして浅田さんからかけていただいた言葉のことを話した。
どの方も一様に驚かれ、「マルイさんって、そんな会社だったんですね」「マルイさんの印象が変わりました」「そんな良い会社なんですね」と言われるので、「そうですよ、めっちゃ良い会社さんですよ」と、ぼくはいつも答えた。

いまではビジネスモデルそのものを転換されたので、ぼくがお世話になったころとは事情が違うと思うけれど、当時何度も訊かれた「どうしてマルイさんだったの?」の答えは、もちろん最初にマルイさんから呼んでいただいたこともあるけれど、仮にいくつかの商業施設さんから同時期に打診いただいていたとしても、ぼくはマルイさんにお願いしていたと思う。
そして、本当にマルイさんで良かったと思っているし、いまでもとても感謝をしている。


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