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田鶴さんと、めっちゃ美味しい京野菜

昨日のつづきである。
話が少し脇道に逸れるけれど、ぼくのやっていた店がまだ1軒で、独り残って夜まで仕事をしていたときのこと。

ある夜、厨房で仕事をしていると、入り口をノックする音がしたのでドアの方に目をやった。
厨房は明るいけれど店内は照明を消しているため暗く、外はすでに夜の闇に包まれている。照明の下にいるぼくの姿は外からよく見えるけれど、ぼくから外の様子は判然としない状況である。
営業時間はとっくに過ぎ、夜も深まった時間なので外は車が通るくらいで、他にひと気もない。
ぼくは緊張感に包まれながらドアへ向かうか否かを逡巡した。

厨房から遠目に見ると、その人影から立っているのがやたら体格のいい男性ということがわかる。このとき、ぼくの頭を過ったのはこうだった。

強盗かもしれない。あんな大きな男に襲われたら絶対に勝ち目もない。こんな店で強盗をしても奪るほどのお金なんてないのに・・・

ぼくは気づかないふりをして緊張しながら仕事を続けた。いざとなれば、こちらには包丁だってある。
しばらくドアノブのガチャガチャという音が聞こえていたけれど、ほどなくして静かになった。すぐにはドアへ向かわず、さらに時間を少しおいてから様子を見に行った。
恐るおそるドアを開けると、外側のドアノブに白いビニール袋が掛かっている。
袋の中を見たぼくは、強盗かもしれないと思った人が田鶴さんだったとわかり安堵した。

袋の中には美味しそうな野菜がたくさん入っていた。ぼくが注文をしたというわけではない。田鶴さんからのとても美味しい差し入れだった。
その後もこうして田鶴さんの野菜をいただくことが何度かあったけれど、もちろん居留守は最初のこのときだけである。
突然お越しになったとはいえ、このときは大変失礼なことをしたと反省している。
けれど、田鶴さんは背が高い上に身体を鍛えられているので、その体躯はプロレスラー顔負けだ。それもあのときの状況はといえば、ぼくからはほぼシルエットしか見えていないのだから、そりゃ怖い。

一見すると強面に見えるであろう田鶴さんだけれど、実際のお人柄は「気は優しく力持ち」を絵に描いたような人である。
そして、そんな田鶴さんの育てられた京野菜は、とても美味しい。本当に良い食材は余計な手を加えない方がいい、ということをつくづく思い知らされるほど、それ自体が滋味にあふれている。

それから、西澤姐さんのこと。
以前、ぼくはこんなことを書いた。

ぼくが東京へ店を出すことが決まったとき、わざわざ電話をいただき多くのアドバイスをしてくださったイタリアンのスターシェフがおられる。

ぼくらが旅(多店舗化)に出る理由

昔、柴田書店さんから「月刊 専門料理」誌上での対談依頼を受けたことがある。
(中略)
つまりパン屋さん、パン職人さん以外の、という制約だけれど、ぼくは悩むことなく即決だった。
それが、こちらで書いたイタリアンのスターシェフ。

こだわりがあるとすれば、こっち

ぼくが東京へ出店する際、このイタリアンのスターシェフからご連絡をいただいたのは、店の電話でなくぼくの携帯へだった。シェフとは面識はあったし、ご挨拶をしたこともあるけれど、ぼくの方が恐れ多くてそれほど親しい関係というわけでもなかった。もちろん携帯番号をお伝えした機会もない。
実はシェフがアドバイスをするためにわざわざご連絡をくださったのは、ぼくの東京出店を心配してくださった姐さんのお気遣いによるものだった。

ぼくの知っている凄腕の女性料理人と、美味しい京野菜の生産者さんは、気遣いのあるとても優しい人たちなのである。

つづく




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