アミール・ナデリ『駆ける少年』

数年前、オーディトリウム渋谷にて、イラン映画『駆ける少年』(1985)を見た。ロビーになんか外国人のおじいさんがいるなあ、と思っていたら、なんと本作の監督、アミール・ナデリその人で、たいへん驚いた。

浜辺に打ち捨てられた廃船で暮らす、孤児のアミル少年は、海岸で空き瓶を拾って売ったり、街頭で氷水を売ったり、靴磨きをしたりして、なかなか大変な生活を送っている。学校にも行っていないので、字が読めない。客観的には、つらい境遇と言える。アミルはイランの乾いた土の上を、陰湿な暴力から逃れるため、また氷水を飲み逃げする客を追って、ときにぼろぼろの靴で、ときに裸足で、全力で走る。

アミルが走るのは、つらい日々の暮らしを生き抜くためだ。しかし、それだけではない。アミルは飛行機が好きだ。映画が好きだ。いつか字を覚えたいと思っている。自分のなかにある、いまだ未知の可能性に由来する莫大なエネルギーをもてあまし、か細い足で疾走する。そして、アミルと仲間の少年たちにとって特別な日がやってくる。荒野に燃え盛る油田の炎の傍らを走り抜け、その先にある氷を持ち帰る「火の競争の日」。

自分の可能性を確かめてみたかったんだ

そう言って、貧しいアミルや少年たちは走る。誰にだって、どんな境遇にあったって、溢れんばかりの可能性がある。それが、アミール・ナデリ監督からのメッセージだ。少年たちが持つ大きな可能性は、かつて子どもだった誰の心にもあったもの。いや、じつは大人になった今だって、そういう過剰さを抱えて生きているかもしれない。そのように感じたならば、きっとこの映画は、疾走するアミルの姿は、あなたの心に残るものになる。

映画が終わってロビーに戻ると、ナデリ監督がいて、劇場を後にする観客のひとりひとりに、カタコトの日本語で「ありがとう、私の映画を見てくれて、ありがとう」と声をかけていた。彼もかつて、あのスクリーンのなかの少年のように走っていたのか。握手をしてもらった。通訳の人がいたので「美しい映画でした」と伝えてもらった。そういえば、全力で走ったのって、いつのことだっただろう。監督はパンフレットにサインをしてくれた。特別な一日だった。

write by 鰯崎 友


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