線でマンガを読むタイトル

線でマンガを読む『あずま きよひこ』

ついこのあいだ、あずまきよひこの『よつばと!』14巻が発売されていたので、即購入。連載がはじまって15年というから驚きだ。休載期間もあったが、外国で「とーちゃん」に拾われて日本にやってきた幼児、よつばの微笑ましい日常を描いた作品を、あずまはまるで伝統工芸職人のような粘り強さで拵え続けている。

あずまの出世作は『あずまんが大王』という女子高校生の日常4コママンガ。この作品では、高校生活の3年間と実際の連載の期間をリンクさせていた。現実の1年分の連載にあわせて登場人物が進級し、彼女たちが卒業を迎えた時点で作品を終了させたのだ。これもなかなか大胆な試みだったが、次の『よつばと!』では打って変わって、5歳のよつばの1日1日の暮らしを、ていねいにていねいに、15年間ずっと描き続けているのだ。

(『よつばと!』 あずま きよひこ)

現実の世界では15年が過ぎているが、『よつばと!』の中の世界ではまだ半年ほどしか時間が経過していない。わたしたちは、大人になるにしたがって、時のたつのが早くなってゆくように思うが、このマンガはその逆で、5歳のよつばの感じている時間の流れが描かれているために、ゆっくりと、おおらかに日々が過ぎてゆく。あずまは、作品の時間感覚を大切にする作家だ。『あずまんが大王』が3年でささっと終わったのも、だれしもが懐かしく振り返る、あっという間に過ぎた学生時代の時間を再現するためのものだったのだ。このあたり、とても繊細なセンスがある。

『よつばと!』には、5歳児で外国生まれのよつばの感覚に限りなく寄り添う、というスピリットが溢れている。大人の目線から見た子どもの成長記ではない。よつばという子の目線から見た世界とは、どういうものか、どう見えるか、どういうところに驚いて、なにが楽しいのか、そういう感覚を作者自身に乗り移らせて描いている。これは描写においても徹底されていて、上記の図版を見ても分かるが、よつばの姿がきわめてアニメ調に描かれているのに対し、街の風景は写実的に描き込まれている。このマンガには、ふたつの線が混在している。よつばの姿形に示される、マンガ・アニメ的な線と、その外の写実的世界の線。このふたつが交わることが、『よつばと!』の面白さだ

それは、自分の外にある世界へと足を踏み入れてゆくさいの、よつばの目線を疑似体験させるための試みだ。これまで見たことのない風景や物、人々と触れ合うときの瑞々しい感覚を、読者も一緒に味わうこととなる。実際にこのマンガを読み進めてゆくと、「秋の原っぱを走ると枯れ葉がサクサクいうよな」とか、「ああ、雨の日の濡れた道路ってこんなかんじだよな」とか、「階段の段差って、けっこう高いな」とか、「とーちゃんのジーパンって、しわしわしてて面白いな」とか、そういうことを節々に感じるようになる。目線がどんどんよつば寄りになって、ちょっとした出来事が、なんだかとても楽しい。こういうことを感じさせてくれるマンガは、あまりない。

(『よつばと!』 あずま きよひこ)

そして、リアクションがかわいいのだ。よつばはアニメ的な線で描かれているが、表情のバリエーションが非常に多い。その顔の変化を見ているだけで面白い。

(『よつばと!』 あずま きよひこ)

もちろんマンガ家にとって、目はキャラクターの命だが、あずまのこだわりに感嘆してしまう。類型的なかわいい目をしていることもあれば、あえてフリーハンドの震えた線でパターンを崩しにかかることもあり、いちいちよつばの目の描き方に見入ってしまう。

(『よつばと!』 あずま きよひこ)

こういう眺めてるだけで面白いマンガって、つくづく良いなあ、と思う。しかも、よつばは只者ではない。ときに、物事の本質をずばりと突くことがあって、はっとさせられる。とーちゃんと一緒に山手線に乗ったときのエピソード。

(『よつばと!』 あずま きよひこ)

すし詰めの車内で、「これは でんしゃのつかいかた まちがえてないの!?」と叫ぶよつば。よく言ってくれた!とうれしくなるセリフ。大型連休が終わり、憂鬱な気分になっている方もたくさんいるかと思うが、慌ただしい日常のなか、『よつばと!』はその喧騒を少しのあいだ忘れさせてくれる作品だ。

※本コラム中の図版は著作権法第三十二条第一項によって認められた範囲での引用である。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

読んで下さりありがとうございます!こんなカオスなブログにお立ち寄り下さったこと感謝してます。SNSにて記事をシェアして頂ければ大変うれしいです!twitterは https://twitter.com/yu_iwashi_z