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魚が空を翔ぶ時刻

気がつくといつも
夕陽は沈んでいる
それから魚が
空を翔ぶ時刻がやってくる

ぼくらは海底の泳げない魚
この海の深さはどうだ
溺れることさえできそうにない
言葉はみんな気泡になる
泡の形と大きさとによって意味が測られる
潮の流れは気まぐれだ
未来は密封して
時間の錨をつける必要がある

沈没船の甲板には
貝殻や海星や海藻やらがこびりつき
ぼくらはうまく水葬されていて
まるで生きている気になっている
目蓋を閉じると
夢の緞帳があがる
魚たちが暗い観客席にひしめき合い
演技者は体を言葉に変換しなければならない

ぼくらはエラのない魚
この海の塩辛さはどうだ
海が地球の涙でもあるまいに
翼のある魚は
抒情の空を飛行する
意味の倒立するあたり
抒情の尽きるあたり
ぼくらは魚類図鑑を突き抜け
進化の約束事を無視し
新しい銀色の鱗を輝かせる

 (詩集『夕陽と少年と樹木の挿話』第3章「遁走する春」より)


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