【連載小説】オトメシ! 11.SoYouのライブ(1)
【連載小説】オトメシ!
こちらの小説はエブリスタでも連載しています。
エブリスタでは2024.1.9完結。
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――2004年5月11日
高校卒業後キョウシロウと高瀬川はバンド活動ができるようにと、近くの大学に通いながら活動を続ける。
私とレンダは同棲生活を始め、バイトで食いつなぎながらメジャーデビュー目指して音楽活動に明け暮れる日々。
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お父さんとファミレスで久しぶりに再会した後、私は姫原サクヨウさんと一緒に帰路についている。
姫原サクヨウさんは、私より6つも年上なのだけれど、アーティスト名でもあるサクヨウと呼び捨てで呼んでほしいと言われたので、私は彼女のことをサクヨウと呼ぶ。
お父さんに再会したのだけれど、私が物心つく前にはもう出て行ってしまったから他人に会った感覚と言ってしまっても不思議ではない。お父さんは私の顔を見て想う部分はあったのだろうが、私はお父さんの顔を見たところで昔に想い馳せることなんてなかった。それがなんだか不公平に思えた。
それでもサクヨウが居てくれて救われたかもしれない。こんな性格だから私ひとりだけだときっと多くのことは喋れなかったかもしれない。
「サ、サクヨウ、今日はありがとうございました」
「うん、どうだった?」
どうもこうも、複雑な感情が入り混じって上手く言語化できない。ただ、
「よかった」
という便利な言葉が案外適格かもしれない。そう思って言った。
私としてはお母さんを救えるのはきっとお父さんしかいないのだと思っていたけれど、ことはそうも簡単な話しではないようで、お父さんはすぐお母さんには会ってくれないようだったけれど少し前進した気持ちだったし、お父さんが希望にもなった。
「ねえソレラちゃんって会ってみて思ったけど、ステージとかで歌う時緊張しない?」
聞くと、サクヨウはステージに上がると緊張して上手く歌えないということのようで、私から何かアドバイスがほしいと言うのでステージ上では別の人格を演じていれば上手くできるよと伝えた。
「あ、ほら私って、ふ、普段からこう、あの、おどおどしてるというか明るくないでしょ? だからステージとのギャップがす、すごいと思うけどステージに立つと私の中にはいつもお母さんが歌っている姿が重なってる」
お母さんであるメイルを自分に憑依させるように。いや、ただ真似しているだけかもしれない。そういう意味で私がサクヨウにしたアドバイスは的外れかもしれないとも思えた。
数日後、SNSを介してサクヨウからまた連絡がきた。
高校生活でも極力自分がジーダであることを隠している私は友達もおらず、サクヨウのことを友達というとおこがましいけれど年上のお姉ちゃんができたようで嬉しかった。
『お願いがあるの』
『なんですか? 協力しますよ』
『今度私と一緒にライブ出てくれない?』
『いいですよ』
と軽く返信をしたが、私の状況からこんな簡単にライブ出演を承諾してはいけないこともわかっている。
本来なら事務所を通して出演依頼をもらい、それなりにお金がかかることも理解しているし、私ひとりで判断してはいけないこともわかっている。
それでもサクヨウにはお父さんに会わしてもらったという大きな借りがある。
『ありがと!』
『でも、いろいろ条件つきになるかもしれません。ライブの概要教えてください』
概要を聞くと、私の素性を隠し通せばなんとかできるレベルなのではないかと思い、事務所には内緒で出演することにした。
私の顔は世間にバレていないとはいっても、歌声でバレた場合のことを考えると顔出ししてステージに立つのは危険だ。もしバレてしまえば事務所をクビになってしまう。いや、最悪事務所をクビになっても別にいい。問題はサクヨウの迷惑にならないよう身バレに細心の注意が必要であるということだ。
後日サクヨウの協力者である高瀬川さんという方の家で早速楽曲の練習をすることになり、私はサクヨウに連れられて高瀬川さんのお家に来ていた。
サクヨウは「高瀬川さん! 五十嵐部長には絶対秘密ですからね、お願いしますよ!」と言った。
対して高瀬川さんは「わかってるよ、いやしかし姫原さん面白いこと考えるね。僕控えめに言って凄くワクワクしてるよ」と言った。
私もワクワクしていた。純粋にサクヨウはアーティストとして尊敬しているし、なにより作詞作曲もしていてギターも弾ける。そんな私はサクヨウのいちファンでもあるからだ。
私は与えられた歌を要求されたように唄うことしかできないロボットでしかないというのに……。
「でしょ! 部長に言ったら絶対断られると思って」
「だろうね、じゃあスタジオは自由に使っていいから」
高瀬川さんは仕事があるということで、私とサクヨウふたりで早速スタジオへ入室。
「一曲試しに歌おっか」
とサクヨウは言い、私と横並びにそれぞれのマイクの前に立っている。サクヨウは私の真横で軽快にギターをかき鳴らしマイクへ歌声放つ。
パート分けしてサクヨウの出だしの歌に続いて私も歌う……はずだったが、先のパートで歌いだしたサクヨウの生声に思わず喉が圧迫され涙腺を刺激するのだから声が出るわけなかった。
サクヨウの生歌を聴くのは初めてだったけれど、動画で見ていたより圧倒的な迫力。その迫力はまるで強い水圧によってこの私という存在が渦潮の中でとても小さくまるめこまれていくような感覚だった。
私はとてもちっぽけだ。
そして歌詞に紡がれたサクヨウの想いが伝い私を解いていく。自分の心にある汚い部分や見たくない部分、本当は自分でもわかっている、そんな自分自身が目を背けている己の心の底に溜まっている黒い塊。それにサクヨウの歌声はまるで魔法をかけるように固体は液化して、自然と目から透明化してこぼれ落ちるのだ。
ああ、彼女は私なんかよりずっとすごくて大きな存在……。
できることならこのままサクヨウの歌だけを聴いていたいし、その歌声に沈みたい。
そんな私の無言のリクエストへ応えるように、横で歌うサクヨウは私が歌うはずだったパートも構わず歌い続ける。
私の心にある汚いなにかを殺すように、畳みかけるように、サビに向けて、より感情的に抑揚をつけて声色を巧みに操る。
なんて人だろう。
そんなのずるい、ずるいよ。
サクヨウの優しさにまみれた歌声は横殴りの雨のように私を打つ。もはや涙なのかなんなのかわからないほどに漏れ出る声を我慢できない。
私の心が息もできないくらいに溺れていくようだったけれど、自分の中にある邪悪な成分は確実に目から吐き出されていく。
曲が終わると、ベタ凪の海上でひとりぷかぷかと浮き、真っ青な空だけが私を包み込むような。心地良いのだけれど、世界の中に私だけ取り残されたような孤独感に、自分の身体をこの場から動かすことも、声を出すこともできず涙を流すことだけが私の身体で唯一反応できる生理現象だった。
良い意味で私の心は殺された。
私はこの人のような歌を奏でることはできない。でも近づきたい、その音楽に――。
今までなんとなく大人たちの言われるがままにやってきた音楽。でも、私がやってきたのは音楽ではなかったのかもしれない、いやそうだ。サクヨウの歌を聴いてしまったら、自分が脚光を浴びていることすら滑稽に思えてきた。
生まれて初めて本気で私は歌を歌いたいと思った。
そんな衝撃を与えてくれたサクヨウとこの日から練習を重ねた。
そして、年も明けてより寒さを増したライブ当日。
何か希望と怖さに満ちた地下に向かって伸びる階段を下り、ライブハウス入り口へ。
サクヨウは大きめの箱と言っていたけれど、私は今までこんな小さな箱で歌ったことはなかったし、ライブハウスと呼べるようなところで歌うのは初めてかもしれない。
サクヨウのおかげで私の中にあった音楽に対する姿勢や常識が変わっていた。
ライブがこんなに楽しみな日がくるなんて。
お母さんもきっとお父さんとライブステージに立つ時、今の私と同じような気持ちで立っていたのではないのか、ふと思った。
今日ステージに立つにあたってサクヨウと元々打ち合わせしていた留意事項のようなものがある。
それは私が身バレしてはダメだから歌い方をジーダとは距離のあるような歌い方を意識すること。そしてできるならば声のトーンも調整して歌うこと。
そのようにサクヨウは私のためを想って決めてくれたし、その練習だって繰り返しやった。
でも、ごめんサクヨウ。
その約束は破るね。
サクヨウの歌を聴いてから、そんな偽りの歌をあなたの隣で私は歌えない。歌いたくない。そう思ったの。
練習中もサクヨウの歌を聴いて私とサクヨウとの違いについて考えていた。明らかに私とサクヨウの間には何か違うモノがあった。それだけはわかっていたけれど、その答えはなかなか導き出せなかった。けれどライブ前日にしてようやく気づくことができた。
私自身はただの商品でしかない、コンビニの棚に置いてあるひとつのチョコパイと大差ない。なくなったらまた補充する。その程度の物体。たんなる一個の歌い手でしかないという事実。
サクヨウは歌い手ではない。彼女は表現者。本物のアーティスト。
最初にサクヨウの生歌を聴いた時と、ライブの練習用に歌った時のサクヨウの歌。そこにも明確な違いがあった。
最初サクヨウさんは私をイメージして楽曲を歌い上げていたのだと後にしてわかった。そして見事にそのサクヨウの歌に私の心はぶち抜かれた。
こんなことはただのいち歌い手でしかない私、量産された規格の中に収まっている商品にはできないことだ。
だから、
本当の本気で、全力で、ジーダの偽物の歌でもなく、本物のジーダでもなく、私は今日、
ソレラとして歌う!
もうお母さんであるメイルの分身としてステージで演じるのはやめる。私はサクヨウと共に本物のソレラで最高の歌を届けたい。
お母さん、お父さん聞いて、これがソレラの歌――。
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