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【連載小説】オトメシ! 11.SoYouのライブ(2)

【連載小説】オトメシ!

こちらの小説はエブリスタでも連載しています。

エブリスタでは2024.1.9完結。





 


 暗がりのライブ会場は満員電車のように客がごった返し、その中に入りまじって俺と高瀬川は隣り合って立つ。

 どう見ても箱のキャパを超えている客数、冬本番寒くて厚着してきたこともあり、ライブが始まる前から人々の熱気に早くも背骨のくぼみに沿って汗が背中を伝う感触。
 
「おい高瀬川! あれってもしかして……」
「ああ、つまり控えめに言ってそういうことだよ」

 ステージへ姫原ともうひとりが暗がりの中舞台中央に歩み寄り、二人のシルエットだけ確認できると、会場のざわつきが増しこれから盛り上がるか否かの分水嶺ぶんすいれいに会場は至る。

 一組目の盛り上げ方次第で今日のライブの空気感は決まる。そして初っ端がとても重要、この会場の熱気をものにできるだろうか。

 ほんの直前に高瀬川から今日姫原がユニットで出ると知らされており、ユニット名は『SoYou』である。ということは聞いていた。

 直前にわざと俺にそのことを知らせてくるあたり、高瀬川は知らないと口を割らなかったが、ユニット名からしておおかた予想はできている。

「よっしゃいくよー!」
 
 ステージ上、姫原ではないもうひとりの人物が暗がりの中マイクに向かって客席をぶちあげると同時に、パッとステージ上にスポットライトが当たる。

 ――ソレラ。
 
「うおぉー」
 
 と会場が揺れる。そして俺の横の高瀬川もステージ上のソレラに負けない勢いで声を上げて拳を突き上げる。
 
 俺は身体の芯から奮いあがるように鳥肌が立った。一組目にして一発目、たった一声で会場の熱狂を引き出す盛り上げ方はもはや一流。
 
 いつもは素顔を晒さずシルエットだけのパフォーマンスであったからソレラも普段の弱弱しい性格を隠してステージ上で頑張って虚勢を上げていたのだと一瞬思ったが、違う。
 
 ソレラのステージ上の立ち振る舞いは劇的ドラマチックだ。
 
「高瀬川……お前図ったな」

 ソレラが素顔で出演するということは、ジーダの身バレのリスクをはらんでおり、現にステージに向かってスマホで撮影している客もいる。
 
「いいじゃん、僕は控えめに言ってこのふたりのライブが純粋に見たかったんだよ。きっとこれは歴史的な幕開けになる。僕はその奇跡の瞬間に立ち会えたことを幸運に思うよ。だからさ、五十嵐、僕らができなかった夢の続きを彼女たちに託すことを許してよ」

 そしてステージ上のふたりは会場が静まり返るのを待って、キッと鋭く顔を上げ姫原はギターに手をかける。
 
 アップテンポで力強く鳴らし始める姫原のドレッドノートの音色はいつにもまして響き渡る。ギタープレイからして、前回のライブ、そして高瀬川邸で収録していたときよりも強い破壊力で奏でている。

 まず見るからに姿勢や顔つきが今までとはまるで違う。

 これが……姫原の本気、狂気の行きつく先の壮烈そうれつ

 イントロから続いて姫原のハッと吸い込む息使い、たったこれだけで全てを飲み込むかのようにグンと会場全体が引き込まれる。

 もはや俺の持つ尺度では測りし得ない音の極地。
 
 そして姫原の歌声は……素晴らしい。
 
 ――これだ。
 
 あの緊張しいの姫原がソレラと共にステージに立つことでついに暴く。

 姫原の紡ぐ歌詞が小説に活字として記されていたとして、その心地よい紙の匂いがした本から、清風ひらりひらり桜の花びらが右左と揺らしながら舞い降りる様を逆再生したかのように活字が次々と浮かび上がり、姫原の喉から観客へ向かって一斉に乱れ咲き狂う。

 舞う桜の花びらのように美しいものでも顔面に向かって束となって襲いくればそれはもはや暴力。このアップテンポの曲調に合わして自らの歌声の照準を寸分たがわず見事に表現してくる。
 
 こんなモノ俺は微塵も持っていないし、メイルですら持ち合わせていない。姫原、やっぱすげぇよお前。

 そして、ソレラも本気だった。これはジーダではない。ソレラの歌声はやはりメイルの声色を持っていて、メイルのように聴くものを挑発するような声色。

 ソレラの歌声も姫原に負けない情熱を感じる。しかし自分の愛娘としての感慨深い感情を除けば、悪いがまだソレラの音楽は姫原のそれに到達していない。

 仕方がないと割り切るのは簡単だが、姫原の圧倒的な力。狂気の力量と並べられたら見劣りしてしまうのも当然。

 とはいえ世間が高く評価するソレラの歌声にも磨けばまだまだ光るであろう片鱗へんりんはあるし、そこらへんの歌手と比較しても支持されるのは十分理解できるだけの実力はある。
 
 姫原が聴く者に与える音楽なら、ソレラは聴く者を駆り立てる歌声だ。
 
 そんな二人の歌声が合わさった時、喧嘩するでもなく混ざり合って調和されるわけでもなく、互いの個性が二本世界樹のように天を穿つ勢いでそれぞれを高めあっているようだ。

 会場のボルテージも曲の鼓動に比例して最高潮に達する。
 
 最高だ。今まで見たどんなアーティストよりも輝いている。
 
 俺は年甲斐もなく、辺りの若者の汗と熱気に交じって飛び跳ねる。
 
 一曲目の熱冷まさぬまま二曲目、そして三曲目でしんみりとした曲調で一旦会場の客を優しく包み込み、最後の曲へ。
 
「最後の曲は私とサクヨウの大切な人の曲。そして、私が伝えたい人に向かって歌います。聞いてください――」
 
 最後の曲、それはライディス時代メイルが最も気に入っていた曲。そう、俺が作詞作曲した歌だった。
 
 この曲を知っているということは高瀬川が音源をこのふたりに差し向けたことは理解したが、別にいい。
 
 むしろ高瀬川が期待していた通りこいつらふたりのステージは最高だ。もうジーダがソレラであることがバレないかとかそんな心配なんていい。今はこの最高の音にまみれて、ただ、ひたすらに酩酊したい。
 
 この曲はバラードである。
 
 姫原はマイクスタンドのマイクに手をかけて、自分の胸元と垂直になる程度まで下げた。そしてマイクスタンドから一歩後ろにポジションをとる。それはつまり姫原は歌わずギターの演奏に専念してソレラが独唱するということなのか。
 
 ステージ上のソレラと俺の視線が一本の鋭い直線上強く交わり合う。

 ステージ上、高い位置から見下ろして誘ってくるソレラは挑発的でくそ生意気だ。間違いなく、わざと俺に向かってその攻撃的な視線を送ってきてやがる。
 
 いいぞ、おもしれぇかかってこいよソレラ。それは俺がメイルのために書いた曲だ。
 
 お前に歌えるのかこの曲を――――。
 


 四組全てのライブは終わり、今日の姫原とソレラのパフォーマンスは本当にすごかったと思う。

 俺と高瀬川は会場の外で姫原とソレラを待っていた。
 
 ピョンピョンと跳ねるように、背負うギターのハードケースを弾ませながら姫原が先陣をきって、その後ろをソレラが姫原に隠れるように歩み寄ってくる。
 
「どうだった?」
 
「最高だ」
 
「控えめに言って、素晴らしかったよふたりとも」
 
「だってさ」と姫原はソレラの方に首をまわすと、そこには笑顔が咲いていた。
 
 SAKUYOU、咲くあなた。姫原のアーティスト名を体現しているようだった。
 
「ところでSoYouってどういう意味なんだ」と訊くと、
 
「ソレラのSoとサクヨウのYou。んで、意味はね、だからあなたは……。とか、それであなたはどうするの……、みたいなそんな感じかな」
 
 ふーん、それだけかと考えているとボソッとソレラが、
 
「あ、で、でもそんなに深い意味はないから」と少し慌てるように言った。
 
 それもそうだろう。だって最後のあの曲のタイトルは――it's so you。
 
「あと最後の曲は最低だったな。なあ高瀬川」
 
「そうだね、控えめに言ってあの曲はやっぱり僕たちのものだね、君たちの才能はすごいけどまだ少し早かったかもね」
 
「おっさんの戯言!」
 
 と相変わらず生意気な姫原に俺たちはみんなで笑った。
 
 俺は最後の曲名から引用して「お前たちふたりにあの曲は似合わない」と言うと、姫原は「だったら私たちふたりにお似合いの楽曲提供してよ」と言った。

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