見出し画像

古くさい?堅苦しい?…だけどいい! 「生誕150年 池上秀畝―高精細画人―」(練馬区立美術館)

 練馬区立美術館で開催中の「生誕150年 池上秀畝しゅうほ―高精細画人―」を観にいってきた。
 池上秀畝は明治から戦中にかけて活躍した日本画家。近代日本画の中では、有名どころである横山大観などの、いわゆる「新派」と対比され「旧派」と呼ばれる方の画家である。大規模な回顧展自体が多くないので、まとめて作品を鑑賞できる貴重な展示だったので、簡単に感想を書いていきたい。

精彩を放つ花鳥画

 秀畝の真骨頂は花鳥、特に活き活きとした鳥の描写。鴨や鶉などの身近なものから、伝説上の生き物である鳳凰までお手のものである。
 その根底には、師であり「旧派」の重鎮であった荒木寛畝かんぽによる写生を重視するようにという教えがあったという。この展示では、本画だけでなく秀畝が終生取り組んだ写生も多く展示されている。

 展覧会出品作の大作だけでなく、この写生も今回のみどころのひとつ。上野動物園などにも足しげく通ったそうで、珍しいものではヒクイドリを描いたものなどもあった。
 側面だけでなく正面観や飛ぶ姿まで描いたこの写生は、江戸時代の博物図譜のようでいて、より生命感を感じさせるものだった。何よりすごいのが羽毛のふわふわとした質感。よく見ると彩色の中にあるごく微細な墨線が丹念に引かれていたりと、まさに秀畝が磨き上げた技が詰まっている。
 これらの写生は、秀畝の出身地である長野の信州高遠美術館の所蔵。本画だけでない、こういった資料作品が残っていることも鑑賞者としてとても嬉しい。

大作、師の作品とともに

 秀畝の師である荒木寛畝も花鳥画を得意とした画家で、油彩画を描いていた時期もあり、しっかりとした線描と濃密な色彩の力強い作品が残る。
 会場では東京・三田の蜂須賀侯爵邸に納めたという寛畝・秀畝の杉戸絵《牡丹に孔雀・芭蕉図》(寛畝)と《桃に青鸞・松に白鷹図》(秀畝)(いずれもオーストラリア大使館蔵)が並べられているが、重厚な筆致はまさに「高精細画人」の面目躍如といったところ。寛畝の方でいえば、濃彩の孔雀と、裏に墨で描かれた芭蕉の淡泊さも対照的で、多才さが伝わる。

 個人的にもう一点目を惹かれた大作が、ざくろと孔雀を描いた《翠禽紅珠すいきんこうじゅ》。あえて墨線を用いずに表現された孔雀の羽の美しさに目を奪われる。金泥も用いられた孔雀は日の光を反射して光るかのようで、まるでCGかと思うほど艶やか。少し離れて全体を楽しみ、近寄ってその精密さに驚く。寄ったり離れたり、じっくり時間をかけて味わえるのが秀畝の花鳥画だと感じた。

 ちなみにこの《翠禽紅珠》と同じ展示室では、屏風作品を畳の上で鑑賞できるコーナーがあった(後期は《桐に鳳凰図》(伊那市常圓寺蔵))。普段美術館の展示室ではどうしてもこの「畳に座して屏風を鑑賞する」という気分が味わえないため、こんな試みは貴重だ。近代では屏風作品は「会場芸術」としての性格もあっただろうが、この《桐に鳳凰図》に関していえば、座って見上げてみると、ちょうど右隻の一羽が上から飛来するのを迎えるようになるため、より真に迫る体験ができる気がする。珍しいセットであるためか、あまり靴を脱いで畳に上がる人が多くはなさそうだったのが少し残念だった。

「旧派」ではあるけれども……

 さて、こんな感じでとても充実した鑑賞ができたのだが、文展(今の日展)では3年連続で特選を受賞したという実力派の秀畝も、近年は「旧派」としてあまりスポットライトを浴びない存在であったようだ。
 今回展覧会のプロローグでは、秀畝と同じ長野県出身で同じ年に生まれた菱田春草の作品とも対比がされていたが、春草はまさに新派の先鋒だった画家。華族からの注文を受け、注文が4年待ちだった時期もあるという秀畝たちは(秀畝自身は「新派でも旧派でもない」と言っていたらしいけれど)、旧派のレッテルはありつつも同時に「王道」でもあったのだが、斬新で進歩的だった新派が今やメインストリームになっているのは面白いことだ。

 ただ、今回きちんと作品の前に立ってみると、確かに時代を前進させるような新奇性はなくとも、その作品の質の高さは大いに楽しめるものだった。
 日本画が身近な存在でなくなったいま、きっと多くの人にとっては「新派」も「旧派」も全部関心のない「古い作品」になっていると思う。ただ同時に、その状況はチャンスなのかもしれない。多くの鑑賞者が、新派も旧派もなく、フラットな目線で作品を鑑賞できるともいえるからだ。むしろ中途半端に美術史を齧った自分のようなものの方が、彼らを色眼鏡で見てしまっていたのかもしれない。
 近代日本美術史が固まり、現在は「忘れられた画家」たちの再評価が進んでいく段階に入っていると思う。名前は知ってる、でもあまり気に留めてこなかった画家たちにじっくりと目を向けることで、また楽しい美術館ライフが充実しそうだ。そんなことを考えた時間だった。落日の王道が捲土重来?などと言うとあまりに大げさだが、今後きっと増えるだろう旧派の展覧会に期待したい。

 池上秀畝展、会期が短いのが残念で東京展は4/21まで。その後故郷の長野県立美術館に巡回するので、長野市周辺の方や鳥好きの方はぜひ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?