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ボクがボクであること(iii)

「自分探し」という言葉が流行ったのは、いつのことだったろうか。あの時確かボクは小学生だったけれど、何となく記憶の片隅に、社会現象になったことを覚えている。

ボクたちはいつも、「自分」とは誰なのか、という問いと向き合っているような気がしている。これまで(i)や(ii)で書いてきたように、ボクにとってそれは、家族との闘いの歴史でもあった。

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仲良く過ごす家族を見ると、羨ましいという気持ちが心を包むことがある。仲良く、といってももちろん色々な形があるけれど、パートナー同士がお互いに対して尊敬の感情を持ち、もしも子どもがいるとすればその子が2人に挟まれて手を繋ぐ。そんな映画のワンシーンのような光景を見かけることは実際にあって、それを何となく羨ましいという気持ちが包むのは、きっと無い物ねだりなんだろうな、とも思っている。

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そういえば(i)を書いてから、大きな変化があった。父親として議論するきっかけがあったので、ボク自身がこれまで感じてきたモヤモヤを素直に言葉で伝えてみることにしたのだった。

これはかなり勇気がいる作業だった。遠く離れた2人が電話で何かを伝えるというのはもちろんそれはそれで難しいのだけれど、文面にしてメールを記すということも、それはそれで勇気がいる。こういうところでボクは、言葉を紡ぐということの難しさを感じるのだった。

文章を書き上げるのに、構成して見直しまで含めて一時間くらいかかっただろうか。大学院のレジュメだって手を抜くと一時間も掛からないのに、となんとなく苦笑した。

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言葉にして相手に伝えること、それは本当に大きな大きな一歩だと思う。

「愛している」、「おわりにしよう」。言葉にすることがつらくてつらくて、胸に重くなにかがのしかかるような気持ちになることはきっと誰しも何かしら経験したことがあるのだと思うけれど、そんな感情を抱えながら、ボクはメールを書いた。

ボクがこれまで両親をどう見てきたのか。何が原因でこうなってしまったと思うのか。そして何より、ボクが傷ついてきたこと。

言葉は言葉にすれば滝のように溢れてくるのだけれど、それを文字としてメールにするのは、なぜだろう、むずかしいのだった。

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メールを書き上げたとき、ボクのなかで何か少しだけ、心の中の錘がとれて軽くなったような気持ちがした。でも、メールの送信ボタンを押すときはやっぱり、また錘がかかって動かない船のように重い手を動かすのに苦労するのだった。

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しばらくして返事が来て、その後メールで議論を重ねたけれど、結局平行線のままあるとき、ぱたりと父親の返事は途絶えた。

そもそもボクにとって、彼が議論を重ねようとすること自体がナンセンスだったし、何よりも自分の非を認めようとしないことに一切の納得もしていないけれど、返信が来なくなったという事実には少し合点がいった。

父はもともと非を認められる人間ではなかったのだ。
だからボクの話になによりもまず耳を傾けるという選択をできるはずなどなかったし、そんなことはきっと、メールを書こうと決める前から分かっていたはずじゃないか。でもボクは、ボクが四半世紀にわたって感じてきた思いをぶつけたくて、メールを書いた。

だから父親も、その言葉がどれほどの重みを持つかは、きっと察したのだと思う。そこまで人の感情を読めないほどの人間ではない。

だからきっと、あるときから返信をやめたのだ。

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でもボクにはそれでよかった。返信が来なくても、気持ちをきちんと言葉にできたこと。これまで抱えてきた気持ちを文字にして語ることを選ぶことができたこと。

それだけでボクにとっては充分すぎるほど、これまでボクをボクであることから遠ざけていると感じさせてきた存在を希薄にさせてくれた。

そうやって一歩を踏み出すのが四半世紀先だったことには少し後悔はあるけれど、でもそれでも、言葉にして語ることができる。そのためにかけた時間は無駄ではないのだと、そう思える。

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それからしばらくして、父から沖縄みやげが届いた。なんのメッセージもなかったが、それは確かに父からのお土産だった。

そこにボクは、父との切っても切れないであろう親と子、という関係性を見たような気がした
それはボクというひとりの人間がいかに(良くも悪くも)父という人間の影響を受けて育ってきたかということの証であり、ボクがボクであることとはどういうことであるのかを更に考えさせる契機にもなっている。

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そんなこんながありながら、ボクは今日も、ボクであることを探し続けている。両親だけではない。恩師、友人、これまで出会ってきた人々がつくりあげてきた「ボク」のエピソードが行き着く先は、どんなボクなんだろうか。

そしてその先に、「ボクがボクであること」はどれほど残っているだろうか

そんなことを想いながら。

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