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不敬罪               愛国者学園物語121

二人が喉を潤している間に、自然と空気が変わったので、新しい話題が俎上(そじょう)に載った。
まず、美鈴が疑問を述べた。

「私は、日本人至上主義者たちが提唱している『21世紀新明治計画』に恐れしか感じません。21世紀の日本、平成の次の時代に、明治、大正それに昭和前期のような政治体制と国民を復活させようなんて、時代錯誤だと私は思うのですが」

 「あれは驚きだよね。21世紀の日本を、戦前の大日本帝国まがいの日本にしようというのだから。しかも、その理由が自尊心のある、誇り高い日本を作るという名目なんだからね。戦後の日本は物質的には豊かになったが、精神的には荒廃した。それをもたらしたのが、欧米が日本に持ち込んだ民主主義と物質的な豊かさを求める精神だ。

 だから、そういう戦後の日本を変えよう。日本には日本古来の神道や、天皇への敬意、明治天皇の教育勅語などの立派な精神があるのだから、それを取り戻せば、日本はさらに発展し世界最強の国になる……だっけ、政権与党の吉沢友康がそんなことを言ってたよね」

 「ええ、そうです。それどころか、日本人至上主義者たちの中には、神道を信じない人間は皇室を信じない人間だ、などと主張しています。皇室の宗教が神道だから、がその理由です。私は、そういう主張は言いがかりだと考えますが、これが、つまり今の日本で起きていることなんです。それだけじゃありません、似たような主張が日本に増えているんです。

日本人ならば、日本古来の宗教である神道を信じるべきだ。

日本人ならば、日本の王族である皇室を信じるべきだ。

日本人ならば、日本の国土に対する愛国心を持つべきだ。このような命令調の考えが、いや『命令』が日本に広まっています……」


「その結末は、恐ろしいことになるだろう。国家神道の復活と強制、それに言論の自由と民主主義の後退だろうね」
「そうですね」
2人の心は苦い海に沈んだ。

 「不敬罪のこともあるね」
「その復活も見過ごせない話題です。日昇新聞などが、皇族に対する不敬罪を復活させようと主張しています」
「うん、知っている。テレビで見たよ」
「その復活に賛成している法学者たちは、タイ王国の不敬罪を詳しく調べているようですね。あの国では、ときどき、不敬罪が適用されるような裁判が起きるからですね」
「そうだ。賛成派が、わざわざタイまで行って不敬罪を調査していることを伝えるニュースには驚いたよ。向こうじゃ、日本の不敬罪賛成派による調査は日本の民主主義社会を壊すものだと言って、バンコクの空港で反対運動をした人たちがいたね」
「ええ、ホライズンでも取材しました。賛成派のタイ到着に合わせて、わざわざ空港に出向いて反対運動をしたタイ人の民主化グループのメンバーが、日本人よ目を覚ませ、日本に不敬罪はいらないはずだ、と熱心に語ってくれました」

 「そういう動きも含めて、ネット社会でも不敬罪に関する議論というか、言い争いが増えた気がする。ささいなことで、論争とは言えない、言葉の投げつけ合いになり、挙げ句の果てに、それは皇族に対する不敬だ、あんたがしていることは不敬罪に値する、なんて有様だ。美鈴さんも知っていると思うが、実際の争いはもっと酷い内容だよ」
「ええ、そのほとんど全ては、論争だなんて言えるほど立派なものではないですよね」
「不敬罪の復活に賛成する日本人至上主義者たちからすれば、『あの話題』は絶好の機会だろうな」
「機会ですか」

「そう。去年、ある女性皇族のお婿さんをめぐって、多くの人が意見を述べたり、反対したでしょう」
「覚えています」
「ああいう出来事なんか、不敬罪が適用されはじめたら、みんな逮捕されちゃうかもな」
「まさか」
「彼らの結婚に関するヤフーの記事には物凄い数のコメントが殺到した。そして、それらを投稿した人々の多くが、コメントのルールに違反しているようなことを書いたので、彼らはヤフー側から警告をされたり、コメント投稿を拒否された。そういうチェックにはAIが使われていたことが、ヤフーが公表した文章に書かれていた。

今はさ、AIで何でもリストアップ出来るんだから。それを思えば、不敬罪が復活したら、警察がさばけないほどの逮捕者が出るかもね。

 それだけじゃない。スパイウェアとかポリスウェアという言論を監視するソフトウェアが世界中で運用されている。昨年はペガサスなるソフトが有名になった。イスラエルが開発して、アラブ首長国連邦などで使われていた。日本の警察や情報機関だって使用しているだろう。怪しい人間を監視するためにね」

「皇族について批判的なことをSNSに書いたり、他人と議論したらアウトですか?」
「そうなるかもよ。そういう時代はもう目の前まで来ている。スパイ防止法が施行されてから、公安警察が大増強されたでしょう。彼らも、次の獲物が必要なのさ。それに、日本のある大企業が昨年、ある会社を買収したんだが、その会社はポリスウェアを作っているそうだ」
「今の日本には、言論の自由はあるのかしら」


「言論の自由を捨てたのは、私たち日本人自身だ。政府や社会の動きに疑問を持たず、国を動かす政治家を選ぶ投票にも行かず、自分の家のことだけ見ていたら、こうなったんだ」


続く

この作品は小説です。

時事通信 「NEC、英警察向けソフト買収 約90億円、品ぞろえ拡充」 2021年10月1日付記事を参照。


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