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転職とファシズム それにスパイ    愛国者学園物語32

 これは当時、東京の大学で教えていた英国人教師の主張だった。彼は時に度の過ぎた皮肉をいう人物だったので、この日本に対する指摘もある程度は割り引く必要があった。


 彼が意図的に日本を見下してそういうことを言った可能性も、あるいは酔っ払って言いたい放題だったかもしれない。だが、彼は真面目な顔でそう言った。そしてジェフは彼がそういう顔をして話をするときは、たとえ酒を飲んでいても、その頭脳はアルコール漬けになってはいないことを知っていた。


 楽しい酒の場は白けたけれども、マイケルがふざけて、
「じゃあ、日本がファシズム社会になることを防ぐためには、日本の会社員が自由に転職できるようになれば、いいんだな?」

「その通り! そうだよ、我が聡明な友マイケルよ、よくわかっているじゃないか」
「会社員たちが自由に転職できる。そういう人たちが自由に意見を言える社会になる。そうすれば、会社の上司や多数派のおかしな言動や犯罪行為も批判できるようになる。すると、社会の不正義にも意見を言える人が増える。となると、最終的には日本社会のファシズムを糾そう(ただそう)とする人が増える」
「なんだか、えらく時間がかかりそうな話だね」
「世の中には、省略してはいけない話があるんだ」
「なるほどね」


 さっきまでの饒舌はどこへやら、英国人教師は黙り込んだので、マイケルが続けた。日本人は、派閥の多数派に従わなければ組織人として生きることが出来ない。だから、外国のスパイが日本社会の多数派を支配できれば、国民の多くを自動的に支配できることになる。

 より正確に言えば、多くの国民を支配するために、多大のエネルギーを投入しなくても良い。多数派を率いる、ごく少数の幹部を洗脳するか、脅迫して、こちらがコントロールすればいいのだ。

 日本人にはそういう弱点がある。彼らは目上の意見や多数派にほぼ無条件で従う傾向があるから、それに従う人間たちは洗脳されやすいか、危険な思想に取り憑かれる可能性がある。

 残念ながら、日本人のこういう傾向は改まることはないかもしれない。日本人は、言論の自由の意味をもう少し考えるべきなのだか……。マイケルは残念そうに言った。

 そして、続けた。詳しくは言えないがと彼は断りを入れて、
「各国の情報機関や大企業はスパイを使って、日本の貴重な技術情報などを買いあさっている。売っているのは、正しいことをしているのに評価されない会社員たちだ。彼らはおかしな上司や傲慢な多数派にいじめられた人々なのだ。その報復として、スパイに情報を流している。それどころか、逆に、情報を売りたがる日本人があまりにも多いので、それら機関などは彼らをさばくのに困っているほど忙しいらしい……。」

「もし日本が「情報流出」を防ぎたいなら、社会のあらゆる階層にいる、正当に評価されない正しい人々をきちんと処遇することだな。真面目に働いているのに多数派に従わないという理由で、あるいは女性だというだけで、バツ印をつけられる人が多すぎるよ」、とマイケルは悲しそうに述べた。

 いつもは穏やかな彼は表情を強張らせた。
「日本の会社員はその会社の運命を変えるような大発明をしても、もらえる対価は雀の涙ほどじゃないか。大半の利益は、会社とその経営者の懐に入るんだから。そんな有様じゃ誰も真面目に働かないよ。そして世界からも相手にされない。日本人とビジネスをしても、豊かになれないんだから。そういう有様では、不正がはびこるか、社員に異様な不満が溜まるだけだ。日本人は真面目で聡明なのに、そういう点は決して変えようとしないね」

続く


大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。