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プリズンサークル〜語ることから本当の償いが始まる〜

私は2021年にこのnoteを始めたとき、いつかプリズンサークルという映画について書きたいと思っていました。

実は以前書いていたアメブロには結構な長文でこの映画のことを書いたのですが、そのブログは残念ながら完全に削除してしまったため残っていないのです。

映画公開からまもなく4年を経過する今、監督である坂上香さんの著書を読み、そこから改めて感じたことを今回をnoteに書きたいと思っています。


プリズンサークルは2020年1月に公開された日本のドキュメンタリー映画です。私は偶然この映画のことを知り、当時の仕事の勉強をかねて映画館に足を運びました。その日はちょうど横浜にダイアモンドプリンセス号が到着した日で、観客の誰もがその日から3年以上続く新型コロナの猛威を想像だにしておらず、刑務所を描いたドキュメンタリー映画を見ようとたくさんの人がつめかけていました。

この映画の舞台になるのは、『島根あさひ社会復帰促進センター』と呼ばれる刑務所です。犯罪傾向の進んでいない、初犯で刑期8年までの男性が対象とされています。
島根あさひはPFI刑務所と呼ばれる官民混合運営型の刑務所の1つで、PFIとは民間の資金や経験を活用して、公共施設の建設から維持・管理運営まで行う手法を指し、島根あさひをはじめ全国に4つのPFI刑務所が存在するとのことです。

この映画を見た時、訓練生(受刑者)の若者たちがあまりにもそこらへんにいる青年と変わりなく、本当に犯罪を犯した人たちとは信じられませんでした。

また、施設内も明るく、太陽光が差し込んで開放的な空間であることが印象に残っています。しかし開放的と言ってもそこは刑務所であり、厳重な保安体制がしかれている場所なのです。

そんな場所で、訓練生たちは1クール(3ヶ月)20名前後でTCと呼ばれるプログラムに参加をします。

TC
(セラピューティック・コミュニティ)

Therapeutic Communityの略。「治療共同体」と訳されることが多いが、日本語の「治療」は、医療的かつ固定した役割(医者―患者、治療者―被治療者)の印象が強いため、映画では「回復共同体」の訳語を当てたり、そのままTCと呼んだりしている。英国の精神病院で始まり、1960年代以降、米国や欧州各地に広まった。TCでは、依存症などの問題を症状と捉え、問題を抱える当事者を治療の主体とする。コミュニティ(共同体)が相互に影響を与え合い、新たな価値観や生き方を身につけること(ハビリテーション)によって、人間的成長を促す場とアプローチ。

プリズンサークルホームページより

このプログラムでは支援員と呼ばれる民間の職員が入り、時には訓練生がプログラム内容を考えたりしながら、自分の過去や犯罪と向き合うことを繰り返し行います。

ところで皆さんは刑務所といったら何を思い浮かべるでしょう?
私は名前ではなく番号で呼ばれ、自由な時間もなく、黙々と作業に打ち込む、テレビでよく見る刑務所を想像していました。
しかしこの映画では、訓練生同士が余暇時間にTCの授業について話し合ったり、お互いを名前で呼ぶ場面を見ることができます。また、支援員と訓練生の間にも強い上下関係は存在せず、迷いが生じたときにそっと手を差し伸べてくれる存在であることに驚きました。

TCに参加している訓練生の罪状は様々。窃盗、詐欺、傷害致死、性暴力など。罪状はバラバラですが、彼らの生育環境や犯罪に至るまでの過程が驚くほどに似ていることに驚きます。

彼らの多くが幼い頃から凄惨な虐待、貧困、いじめ、差別を経験してきた人たちだったのです。その内容は「日本で本当にこんなことがあるのか?」と信じられないくらいの内容で、監督の著書でさらに詳しくその内容が語られています。

虐待から生き延びるために感情を鈍麻させ、そして貧困からその日を生き抜くために金を盗む。幼い頃から感情を殺し、人から何かを奪って生き抜いてきた、暴力と貧困の中でそれは彼らの生き残る手段だったのかもしれません。

TCではまず感情に徹底的に向き合わせます。これまで感情を殺して生きてきた訓練生にとって、自分や他者の感情に触れることに最初は戸惑いがあるものの、少しずつ言葉にして自分を語れるようになる姿は胸に響きます。
彼らの生育環境からなのか、自分の犯した罪にあまり罪悪感がなく、むしろ自分が被害者であるかのように語る場面もあります。しかし仲間との対話を繰り返し、自分の過去や感情を見つめることでようやく自分が犯した罪に向き合い、更生へと進んでいくわけです。

監督の著書の中にこんな一文があります。

私たちは、どこかで語ることを諦めてきたのではなかったか?

訓練生たちは親をはじめとする周囲の人からの暴力によって、自らを語る機会を奪われてきました。語っても仕方ないという社会の中で沈黙を余儀なくされ、感情を殺してきたのです。
しかしTCの中で自分をさらけ出し、最も話しにくいことについて語り、今まで隠してきた最も辛い個人の経験を分かち合うことによって、隠れてきた自分の恥やだめなところに向き合えるようになるそうです。こうした場所を本の中ではサンクチュアリ(安全な場所)と呼んでいました。

この「耳を傾けられる」という体験が、サンクチュアリの形成には欠かせない。まずはサークルの中に身を置いて、誰かの語りに耳を澄ますところから始める。これはやがて自分の体験を受け止めることにつながる。同時に、語り手にとっては耳を傾けてくれる人の存在が欠かせない。だから何かを語らずとも、そこにいて聴く人の存在自体が「証人」としての意味を持つのだ。そして聴いた人はやがて聴いてもらう体験をする。TCでは承認と語り手、両者の体験を繰り返していく。サンクチュアリの維持につながる。こうしたサイクルの中で、語り手は自己開示をすればするほど周囲の信頼を得ると考えられ、参加者は自らの「恥ずべき秘密」を率先して明かすことを期待される。

坂上香(2022) 「プリズンサークル」岩波書店 p88-89

自らの語りを聴いてもらうという体験は、訓練生のその後に大きな影響を与え、出所後も訓練生同士のつながりが更生を支えてくれているのだということがわかります。

裁判で刑を軽くするためだけの上辺だけの反省では再犯を繰り返す可能性があります。現にTCプログラムを受講した人の方が再犯率が低くなるというデータがあるそうです。
自分という人間を語り聴いてもらうところから、本当の償いが始まるのだと感じました。

話がそれますが、私自身も性暴力についてなぜ語るのかと言われたことがあります。被害者としては恥の部分だからです。嫌悪感を示す人もいますし、腫れ物に触るような態度に変わる人もいます。しかし私は語り始めたことによって確実に回復の道を進んでいます。わずかですが耳を傾けてくれる友人がいて、カウンセラーの先生がいます。その人たちは私にとってのサンクチュアリなのです。
性暴力被害者が語れないと思っているのは、社会の偏った見方です。

この映画は刑務所内の新しい取り組みを描いた貴重な映画です。にも関わらず配信などで見ることはできず、なかなか上映されません。刑務所が法務省の管轄であり、撮影にも多くの制約があったようです。

この映画に登場する訓練生たちは間違いなく罪を犯しています。その事件には被害者がいて今なお辛い気持ちで過ごしている方もいるでしょう。

それでもわたしはこの新しい取り組みを日本の多くの方に知ってもらい、更生への道へと続いていけばいいなぁと思っています。これまで持てなかった人との信頼をつくり、人と助け合いながら生きていくこと、それは罪を犯した後でも十分に得られるものだと思うのです。
そして虐待や貧困など私たちには無関係だと思われていたことが犯罪に大きく影響していることがわかりました。虐待の連鎖を断ち切るのは難しいことですが、人との関わりを大切にできる日本社会であってほしいと願っています。

そして嬉しいことに12月2日から東京の劇場でアンコール上映が決まったようです。ご興味のある方はぜひ^_^

私ももう一度見にいく予定です。

【上映予定】
シアターイメージフォーラム
アンコール上映:2023年12月2日(土)~
【監督の著書】



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