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父・救急車・骨折・肺・車イス・ 終の住処

昨日26日夕方帰った後、夜中トイレに行けず、母に救急車を呼んでくれと。PL病院をお願いしたけど断られ古市の藤本病院へ行った。
骨折してると診断。でも父ここだと自宅から遠いからPLがいいとお願いしたらしく紹介状を持って朝行くことに決めたそうだ。
大変な状況にいるのに病院から車いすのタクシーを呼んでもらって夜中2時過ぎに自宅に帰って来たって!
実家に近い妹に先に電話があって朝救急車で病院に向かうのに間に合うように先に行ってくれてて一緒に付き添ってくれた。

やっとこさ乗ったそうだ。

2時間はかかる私は電車の中で妹のメールを読む。
父、何とか救急車に乗った。
先生父みて「骨折やな」「延命処置はどうします?」聞かれ、
ビックリした妹はいつも父は延命はいらんって言ってたけど父の顔で確認したらいらんって手を振ったから「いいです」って答えたよとラインが来た。
色々調べるからって検査に行った、母と整形の前で待ってると。

着いた~!やっぱり遠い満員電車きついな><
私が着く前に入院の手続きしてくれてあった。
結果聞くのに間に合った、少ししたら父がストレッチャーで出て来た。
顔を見れた。あれだけ痛かったのは骨折れてたんやな痛かったなって父に声をかける。
もうその後は父は病室へ。それからは父とは会えず。
飲んでる薬など看護師さんに。

先生の説明 もう驚愕過ぎて・・・
骨折してるな、それは藤本病院の診断通りやな。
それよりな、この肺でよう生きてはるな。ほとんど機能してないで。
骨折治ってもこの肺でリハビリ無理やで車イスになるで。
奥さんと2人やろ奥さんには無理やで。家も車イス無理やろ。娘さんも遠いし。
終の住処考えなあかんで。車いす酸素マスクやらになったら。どこか探すから。考えや。
1か月は入院かな、その間に介護認定変更手続きしておいて市役所の人に○○先生に出さないとあかんって言われたって言っていいからと。

同じPL病院の呼吸器科ずっと通ってて「この肺は治りません」とは言われていたけど、この肺診て悪ない言う医者いてへんで、入院中に死ぬかもやで、僕ははっきり言うけど呼吸器科の先生は言わなかっただけやな、この肺で「たばこ」「酒」やめへんから、さじなげられてたのかな。
母1日3本とかに、本数違うんやでやめへんやろって。
いくら私達が言っても聞かないから。だいぶ頑固もんやなお父さん、ここまで来たら本人の責任やからな。
あとは奥さんも一緒に倒れられたらあかんから、考えなで。

父は帰れるっと思ってるし、まさかと思ってるだろうし、ずっと家で畳の上で死ぬんやって言ってるから、帰るって言うと。
僕らからもケアマネさんからも話はする。最終はご家族さんがどうしたいかやからなって。

帰りに市役所に寄って手続きお願いして今のケアマネジャーさんに報告して。
母自分の大変だった大腸検査の後の入院、退院してきたら夜中救急車で。
だから夕方病院行こうと言ってたのに・・今更言ってもだけど。
私の家に一緒に連れて行こうと思うのに、気が動転してしまってて自分の薬やらが用意するのもうろたえて。
雷なりだし大雨に。一緒に連れて帰るのもタクシー全くつかまらないし、雨の中母の足だと30分以上かかってしまう。
今から2時間かけて電車やバスにまして歩かせられないし。
母はずっと緊張してたし良く眠れてないから今日は落ち着いて実家にいてもらうことにして日曜日また来る約束して妹と2人で歩いて駅まで。
だんだん雨が止んで来て「虹」が出てるよと妹の三女からラインが。
妹と空を見上げたけど・・こっちの空には虹は無く・・でも西の空が晴れて来たし雨が止んだ。 もう6時だ。駅に着く頃はもう暗かった。



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