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ゴミ拾い

 深夜二時過ぎ、満月かもしれない夜だった。コンビニでのアルバイトを終えて帰路の途中、道なりの先、私は歩道と車道の隙間に何か白い点々が浮いているのを見た。歩き進めると輪郭がぼんやりと浮かんできて、それは猫のようだった。白い点々はおそらく目で、こちらを捉えている。さらに近づいても猫は一才顔を動かすことはなく、鳴き声を上げることもなく、走り去ることもなかった。珍しいと思いながら対象までの距離が数メートルというところまで来た時、それが黒猫の死骸であると分かった。雲は無く、月は明るかったが、黒猫を照らすほどではない。微弱な光を大気の闇と猫の体毛が吸収していた。満月ならより遠くから猫の死骸だと判明したかもしれないが、私は乱視だからそれは分からない。

 黒猫は排水口の上で死んでいた。目は見開かれていて、口からは粘着質の血液か体液のような液体が垂れ、そのまま排水口の下へ落ちていた。左の脇腹が切り裂かれていて、そこから覗く肉と血液だけを月明かりが照らし、川のように煌めいていた。スマートフォンを取り出し、猫の死骸を見つけた時の対応を調べる。すると、道路緊急ダイヤルに連絡をすると良いとあった。悩んだ後、電話することにした。やけに大きく響く着信音に、もし周囲に人がいたら私が殺したと勘違いされると思ったが、凶器がないから大丈夫だと思い直した。電話がつながると、うちでは対処出来ないので違うところに電話をかけるよう促され、何度かたらい回しにされながら電話をかけた。
 
結果、中身が見えないゴミ袋に入れて捨ててくださいと言われた。猫の目はまだこちらを捉えていた。私はどうするべきか考えさせられた。ゴミ袋を持っていないし、病気になるといけないから素手で触れるわけにもいかなかった。一度家に帰って諸々準備した方がいいかとも思った。しかしよくよく考えてみると、私は普段ゴミ拾いをしないので、敢えてこの猫を片付ける必要もなかった。私は私に感謝した。普段ゴミ拾いを行う人間であれば、私はこの猫を片す必要性が生じただろう。
 
 帰ろうと腰を上げかけて、しかしこう確実に認識してしまったのだから、何もしないのは良くないのではとも思われた。私がゴミ拾いをしないのはそもそもゴミを拾うかどうか考えることもなく流れるように見逃すからで、つまり拾わないのではなく拾う決断をしなかったということだ。だが今私はしっかりとゴミを認識し、立ち止まり、考え、そして拾わないという決断をしようとしていた。拾う決断をしないのと、拾わないという決断を下すのは違うのではないか。良くないのではないか。
 
 逡巡し、丁度隣に落ちていたパンの包装紙を代わりに捨てることにした。ゴミ拾いであることにかわりはない。幸い、猫は排水口の上で死んでいたので、血溜まりになって周囲を汚すこともないはずだ。パンの包装紙を見ると私の働いているコンビニのものだった。この辺りには同じコンビニがないから間違いない。袋の中にはレシートが入っていた。私は憤りを感じた。私はこういう人間が理解できない。道路にゴミを捨てるような人間性のくせに律儀にレシートを受けとるなんて。そして捨てている。どうせ捨てるならコンビニのレシート入れに入れればよいだろう。大したものを買っていないのにレシートを受け取るやつはかっこつけか部屋が汚いやつだけだ。私は183円のパンを購入した客を記憶の中から探したが、分からなかった。
パンの包装紙を握りしめ、私は家路を急いだ。猫のことはもう忘れていた。

  結局自宅の玄関の扉を開けるまでゴミ箱は見つからなかった。だから、やはり拾ったのが猫ではなくて正しかった。 
 翌日、アルバイトに向かう為に同じ道を通りがかると、そこはすっかり綺麗になっていたので、おそらく誰かが片付けさせられたのだろう。

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