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#日本遺産 日本遺産ってなぜ必要? 勝手に日本遺産学【3】

 東京八王子市が満を持して開催した日本遺産フェスティバルが終了しました。メイン会場の東京たま未来メッセには、全国の日本遺産のPRブースがずらり並んで特産品の販売をしたり、伝統工芸の体験を提供したり、あの手この手で日本遺産地域のアピールをしていました。八王子は新宿のような首都ど真ん中ではありませんが、約58万の人口を抱える大都市です。会場には多くの市民がつめかけ、誰もが楽しげに見物をしているようでした。

MICEを意識して建てられた東京都の施設
巨大展示室の北西向きの一面が開け放され、まるで会場と街がひとつに繋がっているかのような一体感が素晴らしい

 ブース出展している中には、動画制作の関係で知り合った方が何人もいましたので、今年の催しはどうか?と聞いてみました。すると、

「八王子の人はあたたかい」

と、何人かから同じ感想が返ってきました。
それはつまり、「市民から歓迎されている」という実感だったのでしょう。

前にも触れたように、八王子市は地域の歴史文化を市民に再認識してもらおうと、はたから見ても一生懸命に見えました。市の広報には頻繁に「日本遺産・桑都」の文字が印字されていたように記憶しますし、高尾山に登れば日本遺産認定を知らせる横断幕や幟が数多く目に入ってきます。今年になってコロナが終息すると、恒例だったリアルイベントが続々と復活。構成文化財当事者の「髙尾山薬王院」の僧侶のみなさん、「八王子芸妓」の現役の芸者さんたち、それに国の重要無形民俗文化財にも指定された「八王子車人形」の演者の方々ら文化の担い手自らが先頭に立って広報の最前線にたちました。「桑都・八王子」の経済の主役、織物業組合も手織り教室を開いたり、デザインコンクールを開いたり、織物の町としての矜持を維持するための取り組みを数々行ってきたようです。

オープニングのパネルディスカッションでは日本遺産ストーリーの“当事者”が登壇し、自ら日本遺産の意義、魅力を語った
左から、大本山髙尾山薬王院 貫首 佐藤 秀仁氏、
八王子車人形西川古柳座 五代目家元 西川 古柳氏、
八王子芸妓めぐみ氏
メイン会場の一角では八王子の織物展
手織りの実演なども行われた

 実は筆者、八王子には2020年の日本遺産認定以前からしばしば訪れています。八王子のわりと近くに住んでいて、市中にある日帰り温泉施設が好きで週末ごとに通っていました。(コロナ禍のさなかになくなりましたが)
ですから認定以前と認定後の街中の雰囲気の違いを多少実感できるところがあります。

「この町はこういう誇らしい歴史文化のある町なんだ」

というメッセージが目につくようになったのは、明らかに日本遺産になってからであると断言します。

認定されてから3年、そのような中で八王子市民にとって日本遺産は、いつのまにか親しみのある存在になってきたのではないかと推測します。そんな八王子ですから、日本遺産の祭典が歓迎されるのは必然とも思うのであります。

あくまで見物人の一感想ですが、今回の日本遺産フェスティバルは大成功だったように思います。

大盛況のメイン会場
メイン会場に続く通りでは交通を遮断して、市の貴重な文化財でもある山車の数々を披露
市の担当者に聞いたら、「二度とこんなことできない」と。

さて、本日の標題にやっと入ります。

「日本遺産って必要なの?」

 この問いかけを自問自答する人はどれだけいらっしゃるか疑問です。なぜならば、語られるべき命題として「日本遺産は〇〇であるから必要である」という物言いに触れたことがないからです。
 「地方地方にまだ見ぬすばらしい歴史文化がある」
 とは聞いたことがありますが、それを発信する手段としての日本遺産がなぜ必要なのか?については官製発信の中には見た記憶がありません。

 しかし、今回のフェスティバルのオープニングで行われた基調講演ではそのことに触れられました。講演者は多摩美術大学の理事長の青柳正規氏。元文化庁長官で、どうも、日本遺産創設の際の超主要人物だったようです。

青柳氏による基調講演(右手にうっすら見えるのが青柳氏)
スライドにある「日本遺産で地域を元気に」という文言も本質をついていると思った

 氏が語ったのは非常に簡潔なひとことです。

「グローバル化によって、世界の均質化も進んでしまっている。地域の特殊性がないがしろになりつつある。」

 良い悪い、の評価は別にして、これは厳然たる事実。世界中の国家、国家それぞれの地方のすべてが、すべて均質になってしまったら・・・。具体的にシミュレートして論じるにはあまりに重い問いかけですが、直感的には「そんな世の中つまらない」と、思います。

 社会人になって以来、日本全国あちこち訪ねる仕事をしていますが、30年前と今とを比べると、地方ごとの特色が目立たなくなっていることを強く感じます。人口の多い都市では東京や大阪にあるような全国チェーンの店が幅を効かせ、ファッションも似通っている(昔は地方で流行りの違いがあったように思うのだが)。新幹線や飛行機で移動時間は短くても、「来たな」という実感が今は薄らいでいると感じるのです。

 世界の均質化、地方の均質化に対する危機感に対して、青柳氏はひとつの構想をまとめたと証言しました。それが文化審議会文化財分科会企画調査会より提唱した「歴史文化基本構想」です。地方が地方の特色を自らとらえ、自ら発信することの必要性を示し、その手段として地域の文化財を一定のテーマのもとで捉えることの有効性を説いています。つまり、これ、日本遺産の原点で、実は文化庁による日本遺産についての説明にも「歴史文化基本構想」のことは明記していました。この青柳氏、「日本遺産の生みの親」といっても良い方と思いますが、日本遺産がなぜ必要かを問うとき、「文化の均質化に対する危機感」というのが一番納得感があると思いました。

難聴者対策として、掲げられた電子パネル

 いまをさること7年前、日本遺産を題材に番組を作る際、重要なテーマとすえたのは、実は「日本の文化の多様性」です。今回のフェスティバルではその日本遺産の原点を確認出来たのが個人的には収穫でした。

 そう考えると、日本遺産は認定されるのが目的ではなく、地域の個性を発揮するあくまで手段なのだと思います。そして例え日本遺産でなくとも、自分の暮らす町の「個性」を振り返り、ストーリーとしてまとめてみることは、地域のため、ひいては日本のため、もっというと豊かで多様な魅力的な世界の維持のためになることだと、そう思うのでありました。

 それでは、また。
 


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