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『東京トワイライト』 (ショートストーリー)

このストーリーは、先に公開しております『22時のコーヒー』(女性側の物語)の関連ストーリー(男性側の視点での物語)です。

    作・Jidak

あの日。

「じゃ」
って言われて、
「じゃ、またいつか」
って言った。
全力で、さりげなく言えたつもりだった。

そう、1年前。

4年前にニューヨークへと転勤になり、
渡米直後に新型ウィルスが世界を襲った。
状況が刻々と変わり、当初3年と言われてた赴任が、
突然「さらにあと2年」と言われた。

それが1年前。

東京にいる彼女と、週に1度テレビ電話で話す。
こちらは朝9時、東京は22時 。
二人でコーヒーを飲みながら。

その頃、彼女は30歳の誕生日を迎えた。
「おめでとう」って言いながらも、
期間が延びたことをどう伝えればいいものか、わからずにいた。
二人の将来について決めきれないまま、
彼女を縛ってしまっていいのか。
モニター越しにしか存在しない、概念のような僕が。
そう思うと、何かぎこちなくなって、
それでさらにもっとぎこちない空気になって。

彼女も考えていたのだろう。
自分の年齢を。
先の見えない世界を。
何一つ共有できないもどかしさを。

あの日、
久しぶりに顔が見れて嬉しくて、
ああ、僕は彼女が好きだなぁって思った。

だから、
「さよなら」って言えなかった。

そして相変わらず、僕はコーヒーと向き合っている。
ちょっと前にブルックリンに越して、すてきなロースタリーを見つけた。
豊かな苦さのオリジナルブレンドが最高で。
ああ、これを飲みながら話をしたいと、
できれば一緒に飲みたいと、何度も思った。

彼女が来たら一緒に行こうと思って
居心地のよいカフェのリストも作った。
「じゃ、またいつか」って言ったのは僕なのに。

とにかくウィルスに振り回されっぱなしだ。
また状況が変わった。
彼女のほうも変わっただろうか。
もういるのかな。
コーヒーを一緒に飲む人が。

今、アナウンスが聞こえてきた。
着陸態勢に入るため、高度を下げると。

ニューヨークで一番人気のロースタリーの豆を買った。
会社と両親と友人と、そして彼女に。
空港の待合室でふと手にした雑誌で、
そのショップが日本に最近進出したことを知った。

そういうとこだね。
はっきりしない。
決まらない。

窓から下を見る。
だんだん街並みが認識できるようになってきた。
夕暮れに染まる東京。
スカイツリーが見える。

突然の辞令だった。
「あともう2年」が急に早まり、東京に戻ることになった。
35歳の僕は、気持ちのおさまるところを見つけられないまま
羽田に着こうとしている。

「このショップなら、日本にもあるのに」
そう笑ってもらえるだけでいい。

会えないだろうか。

ピンク色に染まる東京、ただいま。

(終わり)

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