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【二次障害】うつで未来なんてないと絶望していた頃のお話

※センシティブな内容になりますので、苦手な方はそっと閉じてください。

わたしが精神科へ行くようになったのは17歳の頃からでした。
発達障害と診断される前は【抑うつ状態】と診断され、当時のわたしは家族と折り合いがつけられなかったことから寂しい思いが強くて真面目に病気を治すつもりで通院していたのではなく、ドクターショッピングをしていました。
なので、何軒かの病院へ行ったり行かなかったりを繰り返してやり過ごしていました。
(なぜしていたか、の詳細については省略しますが察してください。)

それから発達障害が判明し、発達障害に長けている某大学病院で診察を受けるもその有名な先生の診察は初診のみで鬱専門の先生が担当医となりました。
ヤブ医者と言ってしまったらそれでお終いなのですが、その時の担当医は眠れない、不安だ、辛い、と嘆く度にお薬をどんどん増やしたり変えてくる方でした。
その時のわたしは何の違和感もなく処方されるがままに飲み続けました。
あれよあれよと処方薬は増えていき、朝・昼・夜・寝る前・不安時などハッキリは覚えていませんが、もの凄い量の薬を毎日飲んでいました。
たくさんの強いお薬を朝から寝るまで飲み続けているので、もちろん朝なんて起きられません。
夜遅くに寝て、次の日の昼過ぎあたりに起きるという、そんな生活をしていました。
起きている日中も薬が残っているし、また飲んでいるので正直起きているのか寝ているのか、自分でもよくわかっていなかったと思います。

そんなにたくさんの薬を飲んでも不安感はなくならないし、強いお薬を飲んでも眠れない日が幾度となくありました。
もちろんそんな状態では仕事なんてできるハズもなく、無職で毎日ぼんやり暮らしていました。

当時のわたしは自分のこの状況を目の当たりにしては絶望していて、いつも消えていなくなってしまいたいと強く思っていました。

【普通の人】ができていることが当たり前に出来なかったり、日常の生活すら満足に送れないそんな自分がとても嫌でした。
当時20代半ばで同じ年齢の人たちは当たり前に仕事をして、休日を楽しんだり、恋人を作ったり、結婚して子供を作る人だっている。

それに比べてわたしは?毎日処方された薬を飲んで起きて寝てただ息をしているだけ。

わたしはこの世界に必要ない人間なのではないか。

そんなことを考える日が増え、真っ暗闇の出口の見えないトンネルを彷徨っていました。
寝ても辛い、起きてても辛い。じゃあどうやったら楽になれるの?
いい答えはありません、いつもネガティブなアンサーばかりでした。
〇んでしまいたい、と同義語かもしれませんがいつも消えてしまいたいと思っていました。
わたしの中で消えるって〇ぬとまた違って、スっといなくなる。
わたしがこの世に存在すらしなかったことになるような感覚を指示していたのだと思います。
そんなこと当然できないのですが、当時のわたしはソレを強く願っていました。

嫌だった記憶、しんどすぎる出来事はあまりはっきり思い出せず、脳内に留めておくことができない構造になってるらしく(わたしの場合)
鮮明に思い出すことはできないのですが、毎日真っ暗い部屋で身体が怠くて、ぼーっとして窓の外を見ながら「今日も生きてしまった」と絶望していたことは今でも覚えています。

今現在もうつと付き合いながら生きているので寛解したわけではありませんが、当時よりは薬が減っていたり、上下する波が緩やか目になったり、支えてくれるパートナーがいたり、生活が前より豊かになったりしました。

当時のしんどさや辛さは本人のわたしでも今はわかりませんが、その辛さがあったからこそ、今生きている毎日が【幸せ】だと思えることが増えたりしたんだと思います。

朝起きること、仕事ができること、お風呂にはいれること、食事が美味しいと思うこと、空を見上げて星が綺麗だと思えること、人を愛せること、夜眠れること。

普通の人にとっては当たり前のことなのかもしれません。
わたしにとってどれも特別でとても幸せなことです。

うつの当事者だからってうつの人の気持ちがわかるとは思っていません。
人それぞれみんな違うように辛さや症状もそれぞれだと思います。

これからもうつと付き合っていかなければいけないけれど、ほんのちょっとずつでいい、後退してもいいから少しずつ時間をかけても良くなっていけたらいいな、と思って毎日を過ごしています。

どうして辛かった時期のことをわざわざ書こうと思ったかと言うと、今とても幸せな自分を客観視したとき、あの当時辛かったわたしがこんな未来を想像もできなかっただろうな~。あの時のわたしに教えてあげたいな、未来のわたしはこんなに幸せだよ!と思ったからでした。
幸せと言っても自分の中で幸せと感じるだけで他人からしたらそんなことかよ、と思われる程度の幸せかもしれません、それはわかりません。
ただ、苦しくて逃げ出したかったあの頃の自分がもしこの未来を知ったら、とタラレバな話です。
うつの辛さも人それぞれ、幸せも人それぞれ。

今日も明日もみんな(わたしも)が幸せでありますように。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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