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「美肌地蔵様」のおはなし

美肌地蔵ここに


 島田駅北口広場を通り過ぎ、サンカク公園の斜め向かいのビルに、黄檗宗寿真庵がある。そしてそのビルの谷間の小さな広場に「美肌地蔵様」がおわす。寿真庵の創建は元禄時代に遡り、三百年以上の時を経る古刹であるが、昭和五五年の土地区画整理事業で、現在のビルに移転した。
 その昔、寿真庵がサンカク公園にあった頃、美肌地蔵は境内に置かれていた。そのころから「多くの娘さんがお参りする姿」が見られ、また、「子どものできものが治るようにと熱心にお参りを続けた人」も多く、お参りのおかげでできものは治り、娘さん達は「縁談に恵まれ、子宝も授かった」など多くの話が伝えられる。そうした人達によって、祠が寄進され、いつの頃から、名前の無かったお地蔵さんは「美肌地蔵」と呼ばれるようになった。(「美肌地蔵由緒」)

美肌戦略

 美肌への広告ラッシュは凄まじい。ターゲットは高齢女性。「美しく老いる」ことを推奨する。「70代。ゆるみ世代の顔に届くジェル」「老けない、シワ、シミ、たるみ、気になる悩みが一滴で消える」「若く見えるあの人は、ビタミンCが12時間、肌にずっと浸透」。「知っている人だけキレイになる」。極めつけは「君の肌は陶器のようだ」。驚くほど大胆な美肌キャンペーン。化粧品会社の美肌広告は氾濫する。
 一方、大井川流域の温泉施設は優しい。寸又峡温泉は「『美人つくりの湯』の別名で親しまれ」、接岨峡温泉は『若返りの湯』、川根温泉は「『熱の湯』あせもに有効」、田代の郷温泉は『美人の湯』、さがら子生まれ温泉は「『子授けの湯』『安産の湯』」などと親しまれる。
 更に更に、島根県は堂々と美肌キャンペーンに打って出た。「ご縁も、美肌も、しまねから。こころも身体も満たされるひとときを。美肌県、しまねを旅しよう。」(令和四年末新聞広告)

赤外線

 

 昭和二〇年代から三〇年代にかけて、各地の小学校では夏休みの終りに、今では差別用語となっているが、「くろんぼ大会」が開かれた。子供たちは真っ黒に日焼けした背中を競った。昭和四一年、資生堂サマーキャンペーンで、前田美波里のポスター「太陽に愛されよう」が発表された。日本中に日焼けブームをもたらした。「日焼け美人」が町中を闊歩した。日焼けは健康と豊かさの象徴だった。
 しかし時代は一変する。昭和六〇年、日本の南極観測隊が南極上空高度40kmに巨大なオゾンホールを発見、太陽からの有害な紫外線が地上に直接届く危険性を警告。以来、「紫外線有害説」が世界中に広まった。環境省は日焼けの急性症状として角膜炎、免疫機能低下等、更には長期的には日光黒子(シミ)、腫瘍、白内障、皮膚癌等の危険性を公表した。

美しく生きる

 ニーチェは語る。「人間のみが美しい。人間の生の充溢こそが美である。人間のみが醜い。人間の生の衰退こそが醜である」(『偶像の黄昏』)。神なき時代の人間の実存を問う言葉であるが、まさに現在の私達の生の現実を揺るがすような残酷な言葉である。
 人生百年の時代と言われる。令和4年末に公表された日本人の平均寿命は、男性81、49歳、女性87,6歳であった。一方、健康寿命の平均は男性72,68歳、女性75,38歳で、その差は凡そ男性9年、女性12年である。つまり、この「時差」が「生の衰退」である。「美しく老いる」ためには、この「時差」が、可能な限り短いことが前提となる。美肌キャンペーンは、あたかもその「時差」は存在しない、かのような幻想を同時販売する。
 一体、私達の人生の衰退はそれほどまでに醜いのか。
「美肌地蔵様」に聞いてみた。地蔵様は語ってくれた。「人の『生』は、充溢も衰退も、すべてが美しい」と。
  

(地域情報誌cocogane 2023年3月号掲載)

[関連リンク]
地域情報誌cocogane(毎月25日発行、NPO法人クロスメディアしまだ発行)

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