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(ショートショート)裏メニューの存在


仕事の影響

 都市銀行の仕事にいそがしいミカさん。学生時代から通算するとひとりぐらしがながくなる。このところの業務改善の進捗にともない、多少のストレスや、不規則になりがちな食事が原因か、職場検診の血圧が高めと出た。まだ日常の健康を害するほどではないが、ちょっと気になるぐらい。

医者に相談すると、日々の血圧を測るといいとアドバイスがあった。日々測りつづけることで意識が血圧に向かい、おのずと食べ物や行動の制御ができていくというもの。

なるほどと納得するや否や、さっそく血圧計を購入、実行する。銀行員を生業とするだけあって、こうした帳簿づけに類したルーチンの作業は仕事を離れても苦にならない。

このところ数字の羅列に喜びすら見いだせる域に達しつつあるのではないかと、自らの職業選択に満足感と自己肯定感を感じる。


日々の生活

 こうした記録は毎日やらないと意味がない。基本的に朝晩の2回おこなわれる。測定器具が手元にないと継続がおぼつかないというひとに向けて、最近では腕に巻いてつねに携帯・測定・記録や通信までやってのける装置がごくふつうになっている。

つまり自分から何も積極的に行わなくとも、設定次第で機械のほうが勝手にやってくれる。ただし腕時計のように日々からだのどこかにつけておかないと用をなさない。ミカさんにそれはまったく苦にならなかった。

するとどうだろう、記録表示ボタンをタップし、日々蓄積されるみずからの血圧のグラフデータを見るたのしみ、という新たな地平が見えてきた。

これはおもしろい、串カツを食べてしばらくすると血圧はこう変わるのかとか、やっぱり上司たちの前での業務報告会ではこんなに変動するのかといった、自らの行動と血圧の関係に興味が出てきた。


意外な使いみち

 こうして日々、血圧計を腕に巻いた生活を1年ほどつづけてきたミカさん。ひょんなことから「ある」使い方ができると知った。

晩婚化がすすむ社会情勢だが、この年齢になってシングルでいることになんら不自由を感じてはいない、でも出会いはあったほうがいいに決まっている、とミカさんは思うほう。このあいだそういうことに遭遇、その状況を血圧の数字でふりかえるとさすがに数字はそれなりの応答を示していた。

つまりわりとあっさり数字に出るタイプなんだと気づく。そこで過去1年の行動履歴を日記や過去のスケジュール帳でふりかえってみた。ああ、やっぱりそうだ。この日も、そしてあの日もそうだった。これはおもしろい。

同時にもうひとつ気づいた。血圧はある程度、意識次第で多少変動するみたいだ。何度か測定してみてそれに気づいた。そのちょっとした「コツ」をつかむと、2週間に1回ぐらいならば「そのこと」ができると気づいた。


実行してみる

 上のふたつのことを知ったミカさん。ある晴れた休日の朝、シャワーのあとに「さてと。」とひとりつぶやき血圧計をいつものように腕に巻く。そして「ある数」の血圧の数値に意識を集中。「よし、うまくいった。」

あとはかんたん、街に出よう。本番の夏を前に表通りには街路樹のあいだに涼やかな風。足どり軽くゆっくりと店のウインドウを眺めつつ歩く。すると向こうから…。


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