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「すわる」のと「こしかける」では腰や背骨への負担がちがいそう


はじめに

 長年からだをつかっているとあちらこちらにメンテナンスの必要なところがでてくる。人体の加齢にともなう変化は車など身のまわりの道具とおなじ。

とくにひざとこしがそうかもしれない。これはおもいあたることがある。中学・高校時代のまちがったトレーニング。この後遺症がいまさらながらにでてきた。水を飲むなとか当時はとんでもないまちがった運動法がごくふつうにやられていた。

 からだをきたえる < おかしくする

の不等式がなりたつ。

それらの不調は「すわる」姿勢からたちあがるときに顕著におこる。いすに「こしかける」状態からではその頻度がへる。このあたりの生活環境に目をむけて調節していこうか。

きょうはそんな話。

部活動でやったこと

 中学・高校と運動部にいた。もともと運動神経をどこかにおきわすれたままやりはじめ、最初のうちはいちばんうしろをついていった。つづけているうちに中学のなかばをすぎるとスタミナだけは自信がついてきた。つかれた状態からの回復もはやくなった。なんとかまんなかぐらい、つまりヒトなみになれた気がする。

当時の運動のやりかたはいまふりかえるとむちゃばかりしていた。うさぎとびで200mを全力で競争したり、その姿勢のまま階段をのぼったり。高校ではわるい姿勢のままウエイトトレーニングをやってしまった。

もちろんそうした練習のほとんどは生徒だけでやる自己流。コーチがついていたわけではない。当時はきっとよかれと思ってやったにちがいない。だれもせめられないし自分もそうだと思っていた。

しかしそれらの多くはまちがいだと大学の体育学で知る。筋力をつけるには合理的でむりしないでいいべつの方法があると知った。ときすでにおそし。あ~あ、やってしまった。とくにいまは禁忌のうさぎとび(ひざによくない)は高校では先輩たちよりもはやく跳べるほどになっていたのに。

その結果は…

 ほかに激しい運動をやっていたわけではない。メンバーのなかでいちばんできた部類ということは、それだけむりをかさねたことになる。ひざをやられ、いまになって痛みがはしりはじめた。さらに上述のウエイトトレーニング。背をまるめて重い同級生たちをかたぐるましてひざの曲げ伸ばしの上下運動をしていた。これでわたしともうひとりは肩をいためてしまった。

高校なかばをすぎると右肩にちからがはいらなくなり運動は断念。わたしはプレイヤーではなくマネージャーとしてしばらく活動。もうひとりのからだをいためた同級生は肩の痛みをこらえつつつづけていた。

これらの運動がたたったのはあきらかなはず。なのにあらたようとはせず、じぶんたちの努力がたりないせいだと思いこんでいた。やめようとか改善しようとしなかった。これは「みんなやっているから」という同調圧力というか、すこしずつよけいにやれるようになれていい気になっていたのかもしれないし、「やるのが当然」の空気がまわりをおおっていたのかも。

温存するには

 ひざが悲鳴をあげるまえには6年ほど農業をやっていた。このあいだで高校でこわした肩以外にひざと腰がおかしいと気づいた。

 あるくと左ひざがズキンと痛む。こしに至っては立ち上がるときにうしろから一撃をくらったよう。息がつまるほどのいたみでうずくまりささえがないと立ち上がれない。これはたしかにおかしい。

おわりに

 そのうち昨今の状況となり、農業をやめて以降はそれらのからだの不調はそんなに顔をださないまま。つまりそれほどからだを使わなくなった証拠。うごかないのでたまたま不調が顕在化しないだけ。よくなったわけではない。その証拠に「腰への一撃」がわすれた頃におとずれる。そろそろメンテナンスが必要なのはまちがいない。

ソファーよりはある程度腹筋や背筋でささえるやわらかすぎないいすにこしかける姿勢のほうが今後のわたしにはよさそうなのはまちがいない。背を伸ばしやすい姿勢をたもてる。負担をへらす筋力をつけることと同時にやろう。


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