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【連載①】国の支援と声を上げる機会を~大人になった虐待児童の支援を考える~

連載依頼にあたって
(編集部 かわすみかずみ)

 私が児童虐待を広く伝えたいと思ったのは、菊池啓というひとりの女性との出会いがきっかけだった。
 昨年の春ごろに、れいわ新選組の街頭演説でたったひとり、大人になった児童虐待被害者への支援拡充を訴える彼女の姿があった。
 それまで私は、自分が父母から受けた言葉の暴力や過干渉、生活を壊されていく家族の姿を誰にも語ることが出来なかった。だが、彼女の献身的な姿に勇気をもらい、初めて児童虐待の記事を書くことになった。
 本当は思い出したくないことや、誰にも理解されなかったという無力感を、菊池さんとの対話の中で少しづつ解放できつつあることを、私は深く感謝している。まだまだ多くの虐待被害者が、誰にも語れない思いを抱えて暮らしているが、政府も行政も、そこに向き合おうとはしていない。
 菊池さんの連載を機に、多くの被害者が声をあげる機会ができたらと思う。これまで声をあげられなかった人たちが、本紙に投稿してきてくれることを強く願う。また、この連載が行政や政府を突き動かすための一歩になって欲しいと強く願う。菊池さんに定期連載をお願いしたのは、このような思いからだった。

NPО虐待サバイバー当事者グループ
「からすの会」代表 菊池 啓

虐待サバイバーの菊池啓さん

虐待サバイバーってなんやねん?

 「虐待サバイバー」とは、子どもの頃に虐待される環境にいたが、生き残って大人になり、人生にたくさんの困難を抱えて生きる人々を言う。
 私、菊池啓もその一人である。私は母子家庭で育ち、母は統合失調症という精神病で暴れたり妄想の症状があった。毎日毎日、私は母親に「殺してやりたいぐらい憎い! 産まんかったら良かった!」と言われ、殴られ蹴られる日々で、生命の危機を感じながら毎日を過ごしていた。
 私は大人になっても、対人関係やその他たくさんのことで困難を抱えていた。他の人には何でもないことが、自分にとっては高い高いハードルで、人の何倍も努力を重ねなければ普通の暮らしはできなかった。自分の心の傷と向き合い、トラウマが解消される頃には40歳を過ぎていた。だが、自分と同じような境遇にあった人と交流するようになり、自分よりもっと酷い虐待を受けた人たちに多数出会った。
 日本社会は、こうした虐待問題を70年以上も放置してきた。関西のあるサバイバーは、小学校3年の時に自ら児童相談所に助けを求めたが、保護してもらえず、追い返されている。同様の経験をした人が、とにかく多い。
 児童相談所に親と引き離してもらえる子どもは、全体の20%と低く、80%の子どもは虐待環境に置き去りにされる。この状況は、私が子どもの頃からまったく変わっていない。
 なぜ虐待を受けた人々は、これほどまでに無視され、透明人間にされてしまうのか? なぜ、これほど子どもの価値が低く見積もられているのか? 人の命を尊重しない社会なのか?

「国が助ける義務」欠ける日本の「人権」

 その理由は国際的共通理解である「人権」の意味が日本で言う「人権」と違うことにある。国際社会が定義している「人権」が、まさか日本で別の意味で使われているとは、思いもよらなかった。
 英・エセックス大学人権センターフェローの藤田早苗の著書『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』(集英社新書)によると、日本は人権を「思いやり」であるかのように捉えている。だが、人権の中には「政府は全ての人が能力を発揮できるように助ける【義務】があり」、「人にはその助けを要求する【権利】がある」とある。
 この「国が助ける義務」が、日本では抜け落ちている。我々は国がその義務を負っていることを知らないので、「当然の権利」として要求することをしない。子どもに人権、つまり「助けを求める権利」があると知らないのだ。
 そのためか、日本の虐待対策予算はアメリカの130分の1しかない。1995年にカリフォルニア南部で1万7千人を対象に、虐待などの逆境体験が健康や社会的に与える影響についての調査が行われている。だが、日本ではまったく調査すらされていない。国は調査義務すら怠っているのだ。この「国の義務」が、日本の人権思想の中からすっぽりと抜け落ちているせいではないか。
 厚生労働省は身体的、心理的、性的、育児放棄の4つの虐待について定義している。しかし、その4つに当てはまらない虐待については、何もする気がないと表明しているように見える。
 宗教2世たちの被虐待体験も凄まじい。また、息子3人を東大に行かせた女性の本には、10代後半にもなる息子に靴下まで履かせていた、とある。これは明らかに、「優しい虐待」と呼ばれるもので、彼らから生活するためのスキルを奪う虐待だ。しかし、厚労省はこれらを虐待であるとすら認めていない。
 虐待問題は色んな意味で多岐に渡り、多くの問題を含んでいる。(続く)

(人民新聞 2023年7月20日号掲載)

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