豊臣埋蔵金伝説を追え(三)

高瀬 甚太

 湯浅家は、西宮市と芦屋市のちょうど境界線に当たる場所にあり、六甲山を望む山の中腹にあった。広大な敷地を抱える屋敷はさながら壮大な城のように見え、正門もまた豪壮極まりないものだった。さすがは豊臣家の家臣の家屋だと感心させるものがあり、門をくぐって邸内に入ると、さらに驚かされた。よく手入れされた広大な庭はまるで植物園の様相を呈しており、さまざまな種類の木々が惜しげもなく植えられていた。
 しかし、家屋の構えの旧さとはうらはらにその内部は近代的な様式で彩られ、歴史を感じさせるものは何も存在しなかった。
 「編集長、ここでお待ちください。うちの当主である祖父を連れてまいります」
 湯浅よしみは私を応接室に通すと、革でしつらえた豪華なソファに座らせ、出て行った。
 部屋の中と外観とのギャップが甚だしい。落ち着かないのはそのせいかも知れないと私は思った。殺風景な応接室の一角に目をやると、壁の一角に額に飾られた詩が見えた。旧仮名遣いの旧い書である。何が書かれているのか、皆目見当が付かなかった。
 「ようこそいらっしゃいました」
 いつの間に入って来たのか、老人の声に振り返ると、よしみと祖父が応接室の入口に立っていた。
 「編集長、ご紹介します。祖父の湯浅次郎左衛門です」
 骨と皮といった表現がぴったりのような年老いた老人がよしみのそばにいた。病院で見かけた老人と、別人のように見えるのはどうしてだろうか、不思議に思った。九十歳は超えているだろうと思われる、その老人は名前を名乗ると、手に持った杖を頼りにソファに腰を下ろした。
 「井森公平と申します」
 立ち上がって挨拶をすると、老人は、細く鋭い目で私を見て言った。
 「よしみに聞いたのだが、本当かね。埋蔵金の隠し場所を記した文書の謎を解いたというのは――」
 「偶然ですが、今まで読めなかった文書を読むことができました」
 と話して、この文書が霊文字で、たまたま湯浅家の先祖の霊を見たことで文書が読めるようになったということを手短に説明した。
 「霊文字か――。しかし、我が家の祖先の夢を見るとは奇遇なことじゃ。何にしても有難い。よしみ、埋蔵金を記した文書をここへ持って来なさい」
 祖父に命じられたよしみは、文書を取りに部屋を出て行った。
 祖父と二人になった私は、先ほどから気になっていることを祖父に尋ねた。
 「私、よしみさんの病院であなたとよしみさんの義母、そして弟さんが一緒にいるところを目撃しました。病院で見かけたあなたと、今のあなたが別人のような気がして仕方がありません。失礼だと思いますが、それはなぜでしょうか?」
 私の話を聞いた祖父は笑った。笑って私に説明をした。
 「どちらもわしじゃよ。わしはもう余命いくばくもない。死神に手を引っ張られている状態じゃ。一日ごとに体調が変わり、わしの肉体や面相も変わって行く。明日はまた別人のように痩せ衰えていることじゃろう。死ぬ前に埋蔵金の謎が解けてよかった。だが、見つかっていいかどうかということとはまた別問題じゃが――」
 話している途中、よしみが文書を手に部屋へ入って来た。その文書を受け取った祖父は、それを私の前に差し出して言った。
 「悪いが、ここに書かれている内容をわしに読んで聞かせてくれんか?」
 文書を手に取り、文面の内容を読んで聞かせる前に祖父に尋ねた。
 「大切な内容だと思いますが、お二人にお聞かせするだけでいいのですか? それとも他にどなたか――」
 「わしとよしみだけでいい」
 と言って、祖父はよしみにドアを閉めるように言った。
 私は、祖父に内容を話して聞かせた。
 『木幡山中腹より山林に入り、南西に百歩を数えし場所。ブナの苗木を五本植え、中天に星を数える位置、土深くに太閤様の財あり』
 ――伏見城は三度に渡って築城されている。最初の城は指月伏見城と言い、朝鮮出兵開始後に豊臣秀吉が隠居後の住まいとするために、伏見指月(現・京都市伏見区桃山町泰長老あたりに)建設したものである。後に近隣の木幡山に再築されたものが木幡伏見城。しかし、木幡伏見城は『伏見城の戦い』で消失し、その跡に徳川家康によって再建されたのが三度目とされている。
 指月伏見城へは、築城開始から二年後に秀吉が入城し、さら二年の時を経て完成するが、直後に慶長伏見地震によって倒壊している。このため指月から北東1km近隣にある木幡山に新たな城が築城され、慶長二年(一五九七)に完成するが、秀吉は完成の一年後に城内で没している。この文書は、それからしばらくして書かれたものと推測される。
 「木幡山とは、おそらく木幡伏見城の周辺であろう。しかし、あの周辺は、大正初期に本丸跡に明治天皇を祀った伏見桃山陵が作られ、名護屋城跡に昭憲皇太后を祀った伏見桃山東陵が造営されて、今は立ち入ることができないはずだ」
祖父が語る。
 「そういう場所だから埋蔵金は発見されることなく現在まで来たのかもしれないわね。でも、ここまでわかったのに歯がゆいわ」
 よしみが小さなため息を洩らす。それを見て、祖父が言った。
 「このことは他の誰にも他言無用にしておけよ。お前の夫にも義母にも、ましてや弟にも言ってはいけない。いいか、よしみ」
 「でも、主人は編集長が文書の謎を解いたことを知っているわ。きっと私に、文書の話を聞いてくると思う。どうしよう――」
 「本当のことを言わずに嘘を言っておけばいい。木幡山のことは絶対に口外してはならんぞ」
 「嘘を言うと言っても――、埋蔵金があればうちの問題もすべて解決するし、新しい生活だって始められるのよ。この際だから、みんなに話して、みんなで対策を考えたらどうかしら」
 揺れるよしみを祖父がたしなめた。
 「いいか、よしみ。確かにうちは今、税の問題や借財で困窮しておる。埋蔵金が見つかれば、すべてが解決するような錯覚を抱くのも無理はない。しかし、金は人を狂わせる。どのように信頼できる人間であっても、金の前では愚かになる。お前の夫にしても義母にしても弟ですらそうだと思う。くれぐれも埋蔵金に幻想を抱きすぎないように気を付けなければいけない」
 「じゃあ、どうしておじいちゃんは私に埋蔵金の話なんかしたの? 黙っていたらこんなこと、考えたりしないのに」
 「先祖伝来続く家というのは、伝えるべき何かが必ずあるものじゃ。埋蔵金もその一つで、他にもいくつかある。埋蔵金に関しては、お前に伝えてもおそらくわかりはしないだろうと思ったのと、お前が一番信頼できるから渡したということもある」
 私は二人の会話を聞いているだけだ。発言権もなければ発言しようという気にもなれない。ただ、埋蔵金の場所がある程度、特定したとしても探し出すのは、場所的な問題から言っても難しいだろう。立ち入り禁止の場所に忍び込み、よしんば探し当てたとしても、掘り出すことは並大抵ではない。伏見桃山の時代より、さらに地中深くなっているだろうから、おそらく掘削機か、マシンの手を借りなければ難しいに違いない。
 鍵はおそらく、財宝の入った箱を開けるためのものなのだろう。どちらにしても、これで私の用は済んだ。ただ一つ、気になることは、豊臣時代の武将たちが幽霊となって私の前に現れたことだ。川口慧眼和尚は、私の霊感と好奇心が呼び寄せたと言ったが本当にそうだろうか。今までの経験からいって、こういう時は必ず何かが起こる。その前兆である可能性が高かった。
 「それでは、私はこのへんで失礼します」
 祖父とよしみに挨拶をして、部屋を出ようとしたが、祖父に、
 「もう少し話をさせてもらえませんか」
 と呼び止められ、退出を断念することにした。
 それにしても、ほんのわずかな間に、祖父の顔はさらに変調を来していた。今日、初めて顔を合わせた時と、顔の様子がずいぶん違っている。やはりおかしい。何かがあるのではないか、そう思った。
 祖父は、一歩ずつ死に近づいているので変化が現れていると語ったが、そんな話など聞いたことがない。
 よしみは、用があるからといって部屋を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、祖父が言った。
 「よしみはきっと俊之に話すよ。俊之はそれをよしみの義母に話すだろう」
 「俊之さんが義母に?」
 「あの二人はできているんだ」
 「俊之さんと義母がですか? 信じられません。よしみはそれを知っているのですか」
 私の問いに祖父は目を瞑って腕を組んだ。
 「よしみは多分、知ってはいないと思う。第一、よしみは自分を襲ったのが俊之だと言うことすらわかってはいない」
 「俊之さんが自分の女房を?」
 驚きのあまり声が出なかった。まかり間違えば死んでしまうほどのショックを俊之はよしみにスタンガンで与えている。
 「襲わせたのは義母だ」
 まるで何事もすべてわかっているかのように祖父が言う。
 「どうしてそのことを知っているのですか? 知っていて、よしみに言わないのはなぜですか」
 「この間、よしみの見舞いに行ったときにわかった。あの時、俊之はわしたちより遅れて病室へ入って来た。その時、義母の俊之を見る目が普通ではなかった。あれは間違いなくミスをした俊之に対する怒りの視線だった」
 「しかし、それだけでは――」
 私が否定すると、祖父は唇を歪めて、
 「そのうちきみにもわかるだろう」
 と言った。
 そうしている間にも祖父の面相はどんどん変わっていく。
 「大丈夫ですか?」
 と尋ねると、祖父は、
 「どうやらわしは寿命を超えて生き過ぎたようだ。死神がわしをどんどん死の淵に追いやっている。わしはもう長くはない。――井森さん、お願いしたいことがある」
 と言って祖父は私の手を握った。その手の冷たさに一瞬、ゾッとした。まるで死人の手のように思えたからだ。
 「湯浅家は近いうちに滅びるだろう。そのきっかけとなるのが豊臣の埋蔵金だ。井森さん、あなたにそれを見届けてもらいたい。不憫に思っているのはよしみのことだ。今回のことで傷を負うのはよしみ一人だ。井森さん、湯浅家の存亡を見守ると共によしみの力になってやってほしい」
 死人の手のような祖父の手を握り締め、私は祖父に大きく頷いて約束をした。
 
 ――その日、湯浅家を辞した私は、翌日、早く、よしみからの電話で祖父の死を知った。
 死因は老衰であるとよしみは語り、電話の向こうで大泣きに泣いた。
 湯浅家を訪ねると、通夜の支度の真っ最中であったが、よしみは私を丁重に迎えてくれ、招待客を接待する客間に案内した。
 客間には、湯浅次郎左衛門の死を知った各界の錚々たるメンバーが顔を揃えていた。訪れる弔問客は数知れず、通夜の開かれる午後7時には、広い庭と邸宅が弔問客で埋まっていた。
 私は、祖父の死を悼み、通夜の宴が終了すると同時に湯浅家を辞そうとした。すると、よしみが走り寄って来て、「時間がありますか?」と聞いた。頷くと、よしみは「少し待っていてほしい」と言って再び宴の場へ消えた。
よしみを待つ間、私は一人、庭に出た。昼間の猛暑をまるで感じさせないほど冷ややかな風が吹いていた。散歩する途中、ふとブナの木が数本立っているのを見つけ、思わず足を止めた。ブナの木が五本、競うようにして立っている。それを見て、文書に書かれていた内容を思い出した。
 『木幡山中腹より山林に入り、南西に百歩を数えし場所。ブナの苗木を五本植え、中天に星を数える位置、土深くに太閤様の財あり』
 天を見上げた。ブナの木の立つ位置から空を仰ぐと、光り輝く星の固まりが見えた。数えると五個の星を見ることができた。その時、私は、もしや――、と思い、ブナの木の下の土を見た。木幡山中腹の山林ではなく、湯浅家の庭、この場所に財宝が埋まっているのではないか、そう思った。
 しばらく土を見つめていた時のことだ。突然、土がモコモコと盛りあがって来るような錯覚を覚えて一瞬たじろいだ。
 その盛り上がった土の中から、突然、何かが姿を現した。月明かりに照らされたそれは、戦国時代の武将だった。闘いに破れた敗残者のような姿の武将は青ざめた表情で私を見つめる。私は腰を抜かさんばかりに驚いて後ずさりをした。
 一人だと思った武将の背後に数人の武将が立っていた。青白い炎のようなものに包まれた武将たちに見つめられた私は身じろぎひとつできなかった。魅入られたように立ち尽くすと、先頭に立つ武将が口を開いた。
 「霊文字で書いた文書を解いたのはお前か」
 血走った眼、ザンバラの髪、青い肌――、戦国時代の亡霊が私の前に立っていた。
 「はい……」
 声を振り絞るようにして返事をした。恐怖のために声がかすれていた。
 「湯浅家一同、礼を言う。しかし、この埋蔵金は湯浅家のものではない。豊臣家の再興を願って秘匿したものだ。文書に書いたように、一度は木幡山に隠したが、徳川家康の力に押され、伏見桃山を脱する時、我々は埋蔵金をこの地に移した。その際、ブナの苗木と天上の星を目印にした。おそらく、この財宝は誰にもわからぬはずと思っていたが、お主はこの地に立った。霊文字を読み解いたお主だ。この地中に納めた埋蔵金を見つけることはそう難しいことでもなかった。湯浅家の者たちが埋蔵金の在りかを知れば、必ず分裂が起きるし、湯浅家の崩壊につながるだろう。豊臣家の再興がかなわぬ今、先祖の我々としては、この埋蔵金をこのままそっとしておいてほしいと願っている」
 武将の言葉は、独特の反響を伴って私の鼓膜に響いた。おそらく他の誰にも聞こえない声なのだろう。
 「井森どの――」
 居並ぶ武将たちの背後から私を呼ぶ声が聞こえた。武将たちの背後に立っていた男は、武将の姿をしていなかったが、見覚えのある顔だった。
 「わしじゃよ。湯浅次郎左衛門じゃ」
 良く見ると、若々しいが確かによしみの祖父だった。
 「いろいろと世話になったな。この庭に埋蔵金が隠されているなど思ってもみなかった。本来は一年前に寿命が尽きておったんじゃが、無理を言って生かしてもらっておった。おかげで生きているうちに念願の埋蔵金の行方を知ることができた。これでわしも成仏できる」
 亡霊でありながらも祖父の顔は晴れ晴れとして若々しかった。
 「編集長――」
 よしみが私を呼ぶ声が聞こえたと同時に、祖父と武将の亡霊たちは姿を消した。
 「ここにいらっしゃったのですか? 探したんですよ。何をしてらっしゃったんですか」
 黒い喪服に身を包んだよしみは美しかった。
 「夜風に当たっていました。それにここから見る星はきれいだ」
 見上げると、よしみも同じように見上げて星を見た。
 よしみに促されて屋敷に入った。弔問客はすべて帰り、邸内には家族しかいなかった。応接間に通された私を、よしみの夫とよしみの義母、そしてよしみの弟が待っていた。
 よしみの義母が口を開いた。私を囲むようにして、私の右隣によしみ、左隣によしみの弟、前に義母とよしみの夫が座っている。
 「井森さん、このたびは本当にご苦労様でした。他でもない埋蔵金の件ですが、よしみに問いただしたところ、埋蔵金の在りかを記した文書が読めたというではありませんか。埋蔵金の発掘は湯浅家の悲願で、これまでどのようにしても解けなかった謎が解け、湯浅家一同、安堵しております」
 義母は前口上のように述べた後、一旦、茶を口にして封筒を取り出した。
 「これは湯浅家からのあなたに対するお礼です。どうぞお納めください。その上でどうか今回のことはすべてお忘れになっていただきますよう、よろしくお願い致します」
分 厚い封筒であった。数百万円は入っていると思われた。しかし、私はそれを固辞した。
 「このお金は受け取ることができません。文書の謎が解けたのも偶然ですし、大したことをしているわけではありません。埋蔵金のことならご心配は無用です。誰にも他言は致しませんから」
 だが、義母は固辞することを許さなかった。
 「受け取っていただかなければ困ります。これは私どもからのお礼なのですから」
 仕方なく私は封筒を受け取り上着のポケットにしまった。
 祖父が言ったように、よしみは夫に話し、夫は義母に話して、湯浅家全員が埋蔵金の場所を知ったようだ。しかし、埋蔵金は京都の伏見にはすでになく、この邸内にある。そのことを私は湯浅家の家族に伝えなかった。欲に囚われた家族の表情は見ていて辛いものがあった。武将の亡霊たちが話したように、そっとしておくのが一番だと思った。
  
 資金繰りに四苦八苦していた私は、よしみの義母からいただいたお金で、その月の末は悠々と乗り切ることができた。封筒に入っていたお金は三百万円、支払いを済ませてもまだお釣りが来た。久しぶりに豪遊しようかと街に出たが、生来の貧乏性は豪遊を許さない。せいぜい立ち飲みで豪遊するのが精一杯だった。
 湯浅家の祖父の葬儀から二週間を数えていた。あれ以来、よしみからの連絡はない。京都伏見の木幡山へ埋蔵金を探しに出かけているのではないか。そんなことを思いながら忙しい日を過ごしていた。
 ――編集長、その節はお世話になり、ありがとうございました。
 よしみから丁寧なお礼の電話を受けたのは、葬儀から三カ月後のことだった。
 ――どうですか。その後?
 軽い気持ちで聞いたのだが、よしみは少し口ごもり、すぐには言葉を吐かなかった。
 ――私、編集長にいつか言いましたよね。湯浅家を解体したいと――。埋蔵金は見つかりませんでしたが、解体は実現しました。
 ――解体が実現? どういうことですか?
 ――義母と私の夫が不倫関係にあったことが、入院中だった父親が義母の様子を不審に思って興信所を使い調査をしたことでわかりました。ショックでしばらく眠れませんでした。結局、父と義母は離婚し、私も夫と離婚しました。父の好意で不動産会社は夫が経営を継続するようですが、湯浅家の看板を失っての営業は難しいだろうと言われています。
 義母と夫は、弟と共に不動産の仕事よりも埋蔵金の発掘に全力を挙げているようです。立ち入り禁止の場所に隠れて出入りして探しているようですが、今のところ、まだ見つかっていないようです。
 私は義母と夫に、文書と鍵を渡しました。それと引き換えに夫が私の奪われた湯浅家の資料を返してくれました。
 夫が犯人だったこともショックでしたが、結婚してすぐに夫が義母と内通していたこともショックでした。夫と義母は、私が編集長のところへ資料を持って行き、自分たちの知らないところで埋蔵金の在りかが発見されるのでは、と危惧したようです。私はどんなことでも夫に話してきたのに、夫は私のことをあまり信頼していなかったようです。
 埋蔵金のことなど忘れて一から出直すことにしました。幸い、父が元気な姿で退院してくれましたので、湯浅家のことはひとまず父に任せて、私は以前から興味のあったファッションデザインの勉強を一からやり直すことにしました。しばらく関西を離れますが、編集長もどうかお元気でいてください。
 よしみの声は思いのほか元気だった。埋蔵金伝説に振り回されているより、現実の夢を追いかけた方がいいに決まっている。よしみはきっと成功するだろう、そして真のパートナーを得るに違いない。電話を切りながら私はそう思った。
 紆余曲折を繰り返しながらも湯浅家はその後も歴史を刻み続けている。先祖の霊が湯浅家を見守っているに違いない。私は、祖父の葬儀の日に見た武将たちの亡霊を思い出しながら、時折、懐かしくそんなことを思っている。
〈了〉

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