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雨と宝石の魔法使い 第二話 山形昌景

「露露(るる)様〜!、露露様〜!」
「馬鹿者、大きな声を出すでない!」
「はは、申し訳ござらぬ」
「して数は?」
「300ほどがすぐそこに、1里離れて700ほどの合計1000でございまする」

「よほど怖いと見えるなワシのことが」
「はは、そのようで」
そう言いながらこの浪人山形昌景の足は震えている。まぁ1000の敵に囲まれたら誰しもヒトはビビるであろう。こいつは面白い。露露はニヤリと笑った。

「露露様。私はどうしたら?」
「少しは自分で考えろ。言っとくがワシは助けんぞ。貴様は自力で生き残り、この峠を無事超えてみせろ。なに、お主の快足とその剣技があれば80は倒せよう。残りはワシに任せろ」
「流石に露露様といえど920は無理かと」
「みくびるな小僧!」
「はは、申し訳ありませぬ」
昌景は平伏した。小娘のように見えるが得体がしれない。昌景の額には球の汗が浮かんでいる。

「無事逃げおおせたら、お前の国を作るが良い。その為の資金は既にお前に渡したはずだ」
「はは、確かにこの光る水晶、身に余るものにございます」
「気にするな、未来のためだ」
お主の汗で作ったからな、ただも同然じゃ。露露はニヤリと笑った。

「さて、ではまずは遠くの700から片付けようか」
「はは」
「近くの300のうち80はお前の責務だぞ」
「心得ました」
しかし、並のヒトで80を相手にするのは骨が折れるだろう。しかし昌景はやってのける才はある。あのおかしな剣技でな。

「暫くここを動くな。しかし鞘は払っておけ」
「はは」
そう言うと露露は、眼を瞑り、持っていた杖を地面にトントンと打ち付けると昌景には聴き取れない言語で暫く念仏のようなものを唱えていた。

その間にガサガサと露露の背後の草が揺れた。
昌景はそれを見逃さず払っていた刀身を水平に切り裂いた。

ぐぇという声と共に二人の男が首から血飛沫をあげ倒れた。
昌景はその返り血を浴びながら目にも止まらぬ速さで、その草の奥を何度も突いた。
さらに血飛沫が上がり、三人が倒れていた。

それをわかっているのかいないのか、露露は全く昌景に見向きもせず呪文を唱えていた。

「よし終わったぞ。貴様も80のうちの5を仕留めたか。あとは75だ」
「は」
昌景は息を乱していない。

遠くでゴゴゴゴと落雷の音が鳴ったかと思うと、すぐに多くの悲鳴が聞こえてくる。700がいる方角だ。
「露露様…」
「まぁあと二、三分というところだな」
「それは、一瞬ということですな」
「お前の国の数え方ではそうだな」 
大きな濁流が山上から700名が待機する場所へ土砂崩れとともに流れていく。木々が薙ぎ倒され、700名は全員土の中に消えた。

「では、残りを片付けるとするか。俺は30だな。昌景、やれるな?」
「やってみます」
昌景は払った刀を左手に持ち、背中に刺していたもう一本の刀を抜いて右手に持った。
露露と昌景は四方から少しづつ近づいてくる足音に耳を澄ませ、一番人の多い真ん中に向かって突進する。

昌景は二つの長剣を水平に構えながら草むらの下に向かって突っ込んでいった。

ぐえ!という言葉とともに敵の千切れた足が飛んできた。露露はそれを交わしながらその他三方からくる侍の槍を水に変え、その水を氷の刃に変えて相手の胸に突き刺した。

露露は涼しい顔で、昌景が突っ込んでいく先に控えた背後の20名に、今度は尖った氷の刃を降らせていく。次々に頭に刃が突き刺さり血飛沫をあげ倒れていく侍。 

昌景は漸く20名の足を薙ぎ払ったが、流石に息は上がっていた。そこに更に10名が躍り出てきた。
頭に氷が突き刺さった死人の持っていた槍を引き抜き、昌景はその10名に次々と投げつけた。

昌景のほうが斜面の上部に位置していたため、槍の勢いは増し、五人が胸を貫かれていた。更に昌景は投げると同時に勢い良く走りだし、他の五人の足元に滑り込みながら二つの長剣を水平に薙いだ。
三人の足がとび、露露はその飛んだ足を奥の二人に投げつけた。

その足にビビる二人に、昌景は間合いを詰めて、一人ずつ首を水平に切り落とした。

「ふん、やるな。これで残りは45名か」
「はい、まだ手練れが出てきておりませぬゆえ、油断はできません」
「ほらよ」
そう言うと露露は昌景に握り飯を投げつけた。

「まだ食べる時間はあるだろう。少し休憩しろ。ワシが先に行く。ワシはあと10名だからな」
「はい。すみません」
「これは付けにしといてやる。後で返せよ。しかし、この戦が終われば俺もお前とオサラバだ」
昌景は悲しそうな顔をする。

仕方のないことだった。一ところに長くいると、ヒトに覚えられてしまうからな。

露露は再び昌景の見知らぬ言葉で呪文を唱えながら前に進んだ。
途端大きな槍が露露目がけて五本飛んできた。四本を水に変えた露露だか、残り一本が露露の横を超えて昌景を目指して飛んでいった。

まずい!そう思った時には昌景の右の腹にその槍が深々と突き刺さっていた。

「大丈夫か昌景!」
昌景はだらりと両手を垂らし下を向いている。
「おのれ!」
そう露露が言うのと45の雄叫びが響くのが同時であった。八方から露露めがけて男たちが全力で踊りかかってきた。

昌景は息も絶え絶え、その様子をチラリと見た。露露様もここまでか…涙が滲んでいた。

「はぁ!!」
露露は雄叫びの位置を正確に把握し、杖を持ち上げ一際大きな声を出した。
その瞬間踊りかかってきた男たちの顔と頭は弾け飛び、手足は飛び散り、目玉はくり抜かれ水になった。

その五秒後に、露露は大量の血の雨を浴びた。

赤い雨が降っている…そう思った直後、昌景は暗闇に堕ちていった。

「うう…」
「気が付いたか馬鹿者」
昌景は声がまともに出せなかった。右の腹に激痛が走る。

「45名は貸しだな」
生きている。昌景は天国にでも居るのかと思った。いや、地獄だろうか…。

「阿呆、現実だ。お前はこれからが大変だぞ。血の雨を降らせた鬼としてお前は生きるのだ」
「いえ、一瞬露露様が青い鬼に見えました。そしたらその後赤い雨が降って」
「ふん、それは雨ではない。なんだかわかるな?ほら」
そう言うと露露は昌景に45粒の大きなルビーを渡した。

「これは?」
「知らない方が幸せなこともあるだろう。国造りの軍資金に使え」
そう言うと露露はニヤリと笑った。

昌景は薄ら寒いものを背中に感じた。
「お前の腹は完全に貫かれていたがな、俺が治しておいてやった。ありがたく思え」
「はは」
「さてと、ワシは今度は本当に行く。暫くの間…もう一年になるか。楽しませてもらった。そろそろ潮時だ。お前の眼もだいぶ優しくなった。確かこの辺に武田という名の良い男がいるらしい。そいつと共に国を造るが良い」

「はぁ、かしこまりました。ただし、そのルビーは武田にはやるな。お前が持ち、そして代々受け継ぐのだ。困っときだけ一つづつ売るんだ。まとめて売るとお前は死ぬぞ」
「はは」
「なにせそれにはお前の血も入っているんだからな」
昌景は笑おうとしたが笑えなかった。おそらく本当なのだろう。

この一年山で露露に会ってから何人の浪人を斬っただろうか。もはや自分は血塗られた人間。幸せには生きられない。

しかし、この不思議な小娘、と言っても歳は20歳を越えたばかりにしか見えないのだが。

自分以外の一族を全て殺害された昌景は、その恨みを晴らすため、頬はこけ、目の周りは隈が覆い、そのくせ目玉だけは爛々と光る、まるで鬼のような修羅になり果てていた。

山で露露に会って以降、俺は、すんでのところで正気を保つことができた。勿論初めて出会った時は露露を襲い殺すつもりでいたのだが、逆に余りの強さに殺されかけた。それからは、露露の下僕になり、今に至っていた。

そして、今日漸く復讐を果たしたのだ。代償に大きな怪我を負ったが。
しかし、この不思議な、小娘のような露露と過ごしたことで、徐々にヒトらしさを取り戻すことができていた。

未来が見えるような、不思議なこの小娘の予知を、残りの時間は信じて生きるしか道がない気がした。

武田とはどんな男か知らないが、昌景はこの二本の剣と腕を彼に捧げることにした。一度死んだも同然なのだから。

「ではな」
まだ木の影で動けずにいる昌景を見下ろすと、ニヤリと笑って露露は山の中にすっと消えた。
その後、雲は晴れ、昌景の頭上に温かな陽が差してきた。光の加減で山には七色の美しい虹が見えた。
昌景は露露に会うことは、もう二度とないだろうと感じた。

私は雨と宝石の魔法使い。雨宮露露。
今日も密やかに世界を支えている。





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