見出し画像

【短編小説】うすっぺらな街

「ねえウケんだけど、見てこれw」

土曜日の18時、私と香織はコリドー街からほど近い場所にあるカフェにいた。

「この前アプリでマッチして1回デートした人なんだけど、しょーみ渋かったからLINE返してなかったのに、追いLINEで2回目誘われちゃったw」

私はビールを1口飲みながら、向かいに座る香織にLINEの画面を見せる。今日は19時から総合商社の男性と3対3の合コンだ。つい先日、私が新橋の飲み屋でナンパされた男から合コンを開こうと提案され、今日の場がセッティングされた。もう1人の亜美が先に女だけで集まって作戦を立てようと提案しておきながら、当の本人は「ごめん遅れるからやっぱり直接行くね!」という旨を猫がてへぺろとお辞儀をするスタンプとともに送ってきたため、結局香織と私だけで近況報告会をしていたのだった。

「まじか、追いLINEはキツいw 沙耶が返信してない時点で察しろよって感じだよね」

香織は嘲笑しながらオレンジジュースの入ったグラスをストローでかき混ぜる。香織はあまり酒に強くないらしい。これから初対面の男と話すのによく素面で会えるな、とさながらガソリンを注入するように私はビールを流し込む。

「ほんとに。てか今日も合コンの店がコリドーってチョイス微妙だよね」
「うん。渋かったら即解散して遊ぼうとしてるんだろうね」
「魂胆丸見えで色気ないわぁ。幹事しておいて変な男しか来なかったらごめん!」
「全然!普通に楽しく飲も!」

散々言いたいことをぺちゃくちゃと話した私たちはカフェを後にし、集合場所の個室居酒屋までの一本道を歩く。ちょうど亜美が向こうから歩いてきているところだったので、一緒に中に入った。

「聡くん久しぶり〜!ごめん待った?」
「沙耶ちゃん久しぶり。全然待ってないよ。ハンガーこっちにあるから、上着貸して」

新橋の飲み屋以来1週間ぶりに会った聡くんは、記憶よりも顔立ちが整っていて少しテンションが上がった。期待せずに来てよかった、と心の中で小さくガッツポーズをする。

乾杯と一通りの自己紹介を行うと、さすが合コン慣れしている商社マンだけあって場は自然と盛り上がった。聡くん以外の男2人が初見でタイプではないと悟った私は、聡くんに狙いを定めることにした。亜美もどうやら聡くんに好意を抱いているようだったが、正直亜美と私だったら、顔立ちもスタイルも私の方が上だ。それに、ぼんやりとした亜美よりも、場をうまく回せる私の方が気に入られる自信がある。楽しい会に酒も進み、結局二次会のカラオケまでしっかり楽しんでタクシーで帰宅した。

--

翌朝目を覚ますと、その日の夜会う約束をしていた大学時代の女友達から、体調が悪いためリスケしたい旨の連絡が来ていた。まじかーと思いながらほぼテンプレのお大事にねメッセージを打ち、今日は何をしようかと思考を巡らせる。平日はあんなに土日が待ち遠しいのに、いざこうして丸1日暇な日ができると、特に趣味もやりたいこともない自分と向き合う苦痛を思い知らされる。

亜美と香織は昨日会ったし、第一合コン以外の場で2人と会ったことがほとんどない。他に連絡する当ても思いつかず、私は聡くんに連絡することにした。まだ解散後に送ったありがとうLINEから返信は来ていなかったものの、「今日夜空いていたら飲まない?今度は2人で会いたいな」と送った。

何度か寝て起きてを繰り返して、時計を見ると15時だった。スマホを見るも、聡くんから返信はない。何もする気が起きないが、お腹が減っている気がするのでノロノロとベッドから這い出し、カップ麺にお湯を注ぐ。カップの蓋を誤って全て取ってしまい、加えてお湯を注いだ際に時間を見ることも忘れてしまい、カップ麺すらうまく作れない自分の生活力のなさに笑えてきた。生活力というか、私にはもっと広義な「生命を存続させるための原動力」みたいなものが皆無な気がする。

おいしいのかおいしくないのかわからないカップ麺をすすりながら、ほぼ無意識のうちに冷蔵庫にあるデスソースを取り、4,5滴たらしてまた麺をすする。ゲホッゲホッと軽くむせながらもスープを流し込む。カプサイシンの刺激に胃がキリキリと痛みだし、胃がここにあるのだ、ということ、転じてそういえば私は生きていたのだということを認識させられた。

お腹は減っているはずなのに食欲がわかない。普通の人ができていることが、自分にはできない気がする。寂しい、孤独だ、と感じることはままあるが、それを表に出すことはタブーである。なぜなら、人は孤独の辛さを痛いほどにわかっていながら(いやわかっているからこそ)、自分より孤独な人とは関わりたいと思わないからである。

私はずっとこの孤独に蓋をしながら、少しでも孤独を紛らわせるように、テキトーな飲み会で人生の時間を潰していくのだろうか。昨日ハンガーに掛けることすら億劫で椅子に雑に掛けたままの2万円のワンピースを見ながら、騒がしかった飲み会思い出す。昨日はあんなに煌びやかな街で飲みの場を回していたのに、今1人ボサボサの頭にボロボロのスウェットで寂しいななんで思いながらカップ麺をすすっていることがどうしようもなく惨めで笑えた。聡くんから、返信はない。

--

「聡くん、なんかケータイなってるよー」
「うんー?なんだろう」

眠い目を無理やり開けながら、ベッドサイドのテーブルに視線をやる。0.01mmと大きく書かれた箱の横にあるスマホを手に取ると、「saya :)」という名前の人物から今日飲みに行かないかという旨のLINEが来ていた。ああ、昨日の子か。ハキハキしているから合コンでは重宝されるけど、気が強いのとプライドが高いのが透けて見えて、結局誰からも追われない典型的なパターンの子だなと開始直後で悟っていた。てか、さりげなく切ろうとしてたのに追いLINEしてくるとかしつこすぎだろ。

「仕事の連絡だった。それより、なんか食べ行こうよ。近所においしいイタリアンあるよ」
「本当?行きたい!」

無邪気でかわいいな、と素直に思った。俺はベッドの中で、小柄な亜美の背中を抱いた。

この記事が参加している募集

恋愛小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?