見出し画像

「転職エージェントの存在価値」は低下していく一方なのか?

転職エージェントの皆さんから、決まって相談される悩みがあります。それは「スカウトの返信率が悪くて..」というもの。というかこの問題、いつか解決するのでしょうか? 答えはNoです。この先、業界全体で、さらに深刻になるに違いない非常に重い課題です。

なぜそうなってしまっているのか。そして、なぜ未来の見通しはさらに暗いのか。それは、多くのエージェントが、転職希望者との出会いを、一部の求職者DB事業者に「完全に」依存してしまっているからです。しかも、多くが認める通り、その一部事業者の寡占化はいまこの時点でもどんどん進行しています。


大手の求職者DB事業者は、一般的に、転職エージェントからの収益で大きく稼いでいます。転職エージェントは求職者を「新規開拓」しようとする意欲が強く、そのためにはどんどんお金を払ってくれます。求職者DB事業者から見ると、彼らはとても良いお客さんなのです。

本来、転職エージェントは、求職者に出会うためにいろいろなリソースを確保していることが理想です。自社サービスサイトやメディアはもちろんのこと、過去にサポートした求職者からのリファラル、各種メディアへの記事露出や広告掲載、SNSの活用、そして独自の人材リスト/DB構築などなど。

上記のように、昔は、転職エージェントたるもの多様なリソースから「自前で」求職者を集めることが原則でした。だから自社メディアをかなり工夫したし、いわゆる人材募集戦略に力を入れてきたのです。

しかし時代は移り、様々な理由から、求職者の獲得を外部のDBに頼る割合が増えてきました。実は、私が2003年に創業したジョブダイレクト(その後リクルートに売却)はそのようなサービスのさきがけでした。大手のHR事業各社に転職希望者を「送客」するという、当時においては新しくニッチなビジネスモデルを確立したのです。


自分がそういう業界の流れを先導しておいて申し訳なく思うのですが、さすがに、転職エージェントの今日における外部DBへの依存状況には目を覆いたくなります。エージェントとしての生命線でもある「人との出会い」を、自分単独では実現できない体質になってしまったのです。それも、相当数のエージェントが。

求職者DBにおいて個人にアプローチすることを普通に「スカウト」と呼びますが、本来、単に用意された人材リストにDMすることをスカウトとは言わないはずです。ましてや、それをする人が本来の意味での「ヘッドハンター」であるはずがありません。(当初は、求職者DB側が参加エージェントを「ヘッドハンター」などとヨイショして呼ぶことに違和感の声も上がったものですが、今や、誰もそれをおかしいと思わなくなったようです)


上で、転職エージェントは求職者DB事業者にとって上客だと述べましたが、それはあくまで成長途上の戦略に過ぎません。誰もが気づいている通り、彼らの(本来の)理想の顧客は転職エージェントではなく求人企業です。求人企業よりも転職エージェントの方が手っ取り早くお金を払ってもらえるがゆえに、「これまでのところは」上客だったにすぎません。

その証拠に、各DB事業者は、いまや転職エージェントに対してどんどんシビアになってきています。繰り返される値上げ、ますます厳しくなる参加審査。(理想の顧客である)求人企業がダイレクトリクルーティングを導入すればするほど、転職エージェントは、求職者DBの顧客としての地位や扱いを際限なく下げ続けられる立場に置かれているのです。

しかし、求職者DBに完全に依存してしまっている転職エージェントは、どんなに契約条件が悪くなろうともDB側の言うことに従い続けるしかありません。

たとえば、DBへの支払い金額を今の2倍も要求されたとすると、多くのエージェントは「そんなバカな」と反発するでしょう。しかし、将来において仮にそうなったとしても、結構な数のエージェントがそれでも使い続けると予想します。それしか生き残る方法がないとすれば、そうせざるを得ないからです。それはもうディストピア、といえるかもしれません。


しかし、別に求職者DBが悪の帝国であると言いたいわけではありません。彼らには彼らの成長戦略があり、それを愚直に遂行し続けることによって今の状況を実現したのです。個々の戦略としては極めて正しい。業界の独占度という指標は、個別企業にとっては重要なKPIです。

隙があったのは、転職エージェントの方でしょう。しかも小規模事業者ならともかく、名だたる大手エージェントでさえ、特にハイクラス層については外部の求職者DBに頼らざるを得なくなってしまった状況です。

たとえばECなどの世界で「◯◯経済圏」などとマーケットを囲い込もうとする戦略に批判の声が上がったりしますが、ECの場合は、マーケットが膨大かつプレイヤーも数限りなくいます。だから◯◯経済圏といっても実際に取れるシェアには限界があります。

しかしHR業界はそうではありません。今まさに大規模な寡占化が進行中で、人材データの集積がまさに一部の事業者に集中しつつあります。みんな「高い」と文句は言っても、特に行動を起こそうとはしません。自社だけ、今だけの部分最適を考えると、ひたすら求職者DB事業者にお金を払い続ける方が「効率がいい」からです。

しかしそれは、結果として日本全体における採用費用の高止まりを招くことになります。グローバル比較でもただでさえ高いと言われる国内の採用費は、この先さらに上がっていくことでしょう。今よりも寡占化が進んだ世界では、そういう状況が起きるのは火を見るよりも明らかです。

だからこそ自分はいつも、各転職エージェント事業者に対し、外部リソースに頼らずに「人とつながる独自の力」をもっとつけましょうと提案しています。そしてそれこそが、転職エージェントの、本来の真の価値だと思うのです。

同じDBに対して事業社が一斉に「スカウト」合戦を繰り広げ、100通のDMを打っても返ってくるのはたった数通。スカウトを受ける方からすると、短期間に何百通というバカみたいな数のDMを受け取りますが、ほとんどは見もしないか見てもゴミ箱行き。

これこそ、「非効率な業務」の最たるものだと思います。全体から見ると最悪の生産性です。しかしそれを、「平均よりも1%返信率が高い。だから優れている」などと喜んでいる世界です。それはそもそも根本的に基準や発想がおかしい、本来はそう思うべきはずです。


現状だけを考えると、転職エージェントにとって、求職者DB以外の独自のリソースを開拓し育てるのはとても大変なことです。時間もかかるし、労力も要る。それよりも、求職者DBにお金を払い続けてひたすら「スカウト」だけしている方が楽でしょう。

しかし、自社、そして業界全体の未来を考えたとき、今からやっておくべきことはたくさんあるはずです。

求職者DBも、業界や転職希望者にとって重要な存在だと思っています。しかし、それ「だけ」になることのない、オープンで、フェアなマーケットの健全な発展を願ってやみません。

それには、個々のプレイヤーが自力で努力するしかないと思います。そしてそれこそが、転職エージェントとしての真の価値の実現につながると信じています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?