ただいま東京
内示が出たのは、異動の2週間前。
いつも通り職場の自席でお昼を食べ、午後からの退屈な研修に備えていたときだった。夫からめずらしく着信があり、まさかと思いながら通話ボタンを押す。
「東京に転勤」
心臓がドクドクと波打った。なぜだか手もぶるぶると震える。
異動希望を出していたから来年度には異動になるかもしれないと予想はしていたけれど、まさか今とは。夫の上司、仕事が早すぎる!
この地に来て約2年、何気ない景色が当たり前になりつつあった。職場からの帰り道、いつも行くスーパー、窓からの風景、もう会えないと思うと途端に寂しくなる。
もっと惜しみながら発ちたかったけれど、そんな暇なんてないくらい怒涛の2週間を過ごした。
難航したのは物件探し。遠方にいて内見ができないので、ネットに掲載されている写真と間取りだけが頼りだ。
環境がまるで変わることもあり、条件に合う物件になかなか出会えない。なんとかピックアップして問い合わせを入れてみるも、募集終了ばかりで心がポッキリと折れた。
2週間で良い物件に出会えるはずがない!と嘆いていたところ、唯一空きのある物件が見つかりそこに決まった。というよりは、もう決めざるを得なかった。
その物件は今の部屋よりもだいぶ狭く、たくさんのものを手放さなければならなくて。
ほとんどお金にならないのに、また誰かに使ってもらえたら、という小さな希望を胸にリサイクルショップへと持ち込むと、わずか数千円に代わって手元に戻ってきた。
思い入れのあるものを手放すのはいつだって悲しい。ふと虚無感に襲われたけれど、隣にいる夫の横顔を見て「物を手放してもこの人がいてくれればそれでいい」と思えた。
ちなみに、夫にとってのそれは車を手放すことだった。
購入した日から今日までいろんな場所をを走らせた思い出が蘇り、売却の日が迫るにつれてその思いを強くしていた。
だから夫にも「車がなくても私がいるじゃん」と伝えておいた。励ましになったかどうかは、知らない。
そんな会話をしたにもかかわらず、和やかに引っ越し作業が進んだわけでもなく一度大喧嘩した。
時間がない中でやるべきことを淡々とこなすのは案外ストレスがかかるもので、糸が切れたように涙が溢れた。
こんなストレスを被るくらいならもういっそ転勤族をやめてしまおうと思うほどで。全国を飛び回る転勤族、改めてすごいと思う。
私たちは地元東京へ戻る。この2年間、まるで長い旅をしていたかのようだった。旅を終えて日常に戻る感覚によく似ている。
あんなに東京に帰りたいと願っていたのに、いざ帰ってきてみると、自分の知らない東京がそこにはあって、2年というブランクが意外と大きいことを思い知らされた。
時おり、自分がここにいるべき人間なのかわからなくなることがある。知らないうちに、あの地に馴染み始めていたのかもしれない。
何も変わらないようで、何かが変わっていく。移ろいゆくを日々をこれからも恐れてはいけないんだ。そんなことを学んだ気がする。
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