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小説|青い目と月の湖 4

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 村役場に到着したのは正午頃だった。
 ハンスは役人の一人に声をかけ籐籠を返した。
 クロードには眼鏡をかけた薄い頭髪の細身の男がすぐに駆け寄って来た。
 クロードに対応するのは大抵このウィルという男だった。
「馬車を用意している。すぐに行こう」
「まさか危篤という訳ではないでしょうね?」
 ウィルは神経質な瞬きをした。
「あまり、いい状態ではないのは確かだ」
 ウィルの急ぎ様を見て、クロードはそこでは何も言わないことにして役場を出た。
 出る際にハンスを見ると、不安げにこちらを見ていた。
 クロードは彼にも何も言わなかったが、手だけは振った。
 
 一頭立ての簡素な馬車が、トウモロコシ畑の間を縫う道を走っていく。
 手綱を捌くウィルの隣に、クロードは座っている。
「何度も言ってるようだが、危うくなって呼ばれるのは困るんだ。助かるものも助からないという事になりかねない」
 ウィルは無言で、前方と馬の頭や背しか見ていないようだった。
 クロードはしばらくその末生りな横顔を見ていたが、飽きたので畑に顔を向けた。
 トウモロコシの金色の穂先が草原のように広がっていた。
 青空とのコントラストは美しかった。
 十一月に入れば、いよいよ本格的な秋生りトウモロコシの収穫時期だ。
「仕方がないですよ」
 突然ウィルがそう言った。
 あまりに長い間だったので、それがクロードに対する返事だと理解するのに、数秒を要した。
「仕方がない、ね」
「だって、そうでしょう。誰だって、悪魔なんか信じたくない」
「それは、私がそうだと言うことなのかな」
「とんでもない。取り付いてる方ですよ」
「悪魔というのとは違うな。せいぜい魔物といったところだ。何処にでもいる化け物だ」
我々﹅﹅にとっては同じです。どっちにしろ、我々﹅﹅には見えないんだ。感じることも出来ないんだ」
 ウィルは我々という部分を、無意識にだろうが、強調して言った。
 そう。
 我々は我々であり、決して彼は、我々と同じではない。
「だから私はここにいるんだろう。だから、早く知らせろと言ってる。駄目なら駄目で、私は帰るまでだ」
「そうですね。これから気をつけます」
 ウィルの声は乾いていた。
 何の心も見当たらなかった。
 
 これから﹅﹅﹅﹅が、あるだろうか?
 何処でも同じことだ。
 魔術師と一般人との間にはいずれ葛藤が生じる。
 お互いに居たたまれなくなり、魔術師はその地を去っていく。
 人々は新たな魔術師が現れると引き止める。
 そして繰り返す。
 大抵はそんな風に巡っていく。
 お互いに相容れない感情を持ちながら、お互いに必要としている。
 根本が既に葛藤している。
 決別が早いか遅いかは、その露呈度合いの問題になるのだろう。
 クロードはこの村に来てもう三年になる。
 酷い場合は一仕事で追い出されることもある魔術師としては、長い方だと言えるかも知れない。
 
「遅かれ早かれ、あなたはジョーンズを見て一言いうんです。『ここに私の仕事はない』とね」
 クロードはウィルの顔を見るのをやめ、生命力溢れる畑に目を移した。
 ウィルも思っている。ジョーンズは違う﹅﹅だろうと。
 
 
 寝室のベッドに横たわるジョーンズの周りには、その妻と息子のロディーと医者の三人がいた。
 白衣を着ているので医者と判るが、彼のしていることと言えば、小さな椅子に腰掛けてジョーンズの手首を持っていることだけだった。
 脈拍を測っているのだろうが、それが指に感じられているのか疑わしいと思うほど、ジョーンズの顔色は悪かった。
 目は落ち窪み、肺の動きはほとんどない。
 虫の息と言うに相応しかった。
 クロードの姿を見て、医者以外がすがるような目を彼に向けた。
 その目には同時に恐れの色も浮かんでいた。
 クロードはミセスとロディーをそれぞれゆっくりと見つめ、それからジョーンズを見て、ベッドに近付いた。
 ジョーンズの周囲を注意深く見て、部屋も見渡したが、何処にも化け物はいなかった。
 その気配も姿もなかった。
 ジョーンズを蝕んでいるものは、純然たる病だった。
 この原因が魔物にあるのならば、クロードはそれを退治すればいい。
 そうすればジョーンズは回復し、クロードは感謝される。
 しかし、そうではない。
 クロードはハンスと同い年の少年には顔を向けず、ジョーンズの妻に向かって言った。
「お役には立てないようです」
 ミセス・ジョーンズは悲痛な表情で胸に手を当てると、床に跪き、夫の顔の傍に突っ伏した。
 ロディーはその様子を口惜しそうにじっと見つめ、そして、きっとクロードを見上げた。
「治してよ。魔法使いだろう、あんた」
 子供らしさを押し殺すような声だった。
 クロードは無表情をロディーに向けた。
「君のお父さんは病気だ。魔物に取り付かれているんじゃない」
「魔法使いのくせに、何で出来ないんだよ!」
「あまり大きな声は出さない方がいいと思うよ」
 ロディーの声に顔を上げた医者と目が合い、クロードは彼に一礼して部屋を出た。

 後からウィルも出てきた。
 クロードは言った。
「私は一人で帰る。あなたは彼の知り合いなんでしょう?」
「……ええ。じゃあ、そうしてもらえますか」
 クロードが頷いた所に、ロディーが部屋から飛び出てきた。
 ウィルは自分の脚にぶつかってきた子供の肩を、反射的に押さえた。
「役立たず!」
 ロディーは叫んだ。
「助けろよ!何しに来たんだよ!」
「止めなさい、ロディー」
「何が魔法使いだよ!何も出来ないじゃないか!お前が悪魔だ!お前が悪魔なんだ!お前が父さんを殺したんだ!」
「ロディー!」
 制止を逃れようとするロディーを、ウィルはしっかりと掴まえた。
 クロードはロディーの涙から目をそらし、暗い廊下を出口に向かって歩き出した。


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