見出し画像

小説|腐った祝祭 第一章 31

前 腐った祝祭 第一章 30|mitsuki (note.com)

 疲れ果てたナオミが隣で横たわっている。
 サトルも疲れていたが、彼女より回復は早かった。
 ナオミはまるで死んだようにじっと動かなかないが、呼吸に合わせて体はわずかに上下していた。それがなければ慌てて医者を呼ぶところだ。
 それくらい、ナオミはぐったりとしていた。
 それでいて、彼女が眠ってもいないことを、サトルは判っていた。
 髪を撫でながら時々話しかけると、ナオミはわずかに閉じたままのまぶたを動かして、返事をしてくれたからだ。
「ナオミは髪も綺麗だね。日に日に綺麗になっていく気がする」
 しっとりしていたナオミの体が、徐々にさらさらと滑るような感触に変化していくのが判る。
 ナオミはずいぶん時間が経ってから、目は閉じたままで、口を開いた。
「ルルに来てから」
 それでも、彼女の言葉は長くは続かない。
 一言一言を、思い出したように呟く。
「体調がいいの」
 サトルはナオミの髪を一筋すくって、クルクルと指に巻きつけた。
 巻きつけては、解いて遊ぶ。
「ジョエルの料理が」
 サトルは巻きつけた髪を少し引っ張った。
「美味しいから」
 ルルの農業は、その他の例に漏れず、厳しい規制と管理の下にある。
 それによって農薬にまみれていない綺麗な作物が収穫される。
 それらは高級農作物として多く輸出もされている。薬品を使わないために、その大半は冷凍や乾燥という加工を経て出荷される。
 高価ではあるが、それでも国外からの需要は多かった。
 数年おきに訪れる大豊作時にも、長期保存の加工技術は優れているので、収穫物を廃棄処分することはない。
 農家の状況によっては、国がまとめて買い上げることもある。
 それを不作時に供給する。
 国内には、そんな国の管理の下で出来上がった上質な食材が流通している。
 だから、この国に来て体調がいいというのは気のせいではないだろう。
 綺麗なものをバランスよく食べれば、体も知らず綺麗になるものだ。
 彼女の髪がいっそう綺麗になったのも、原因はそれにあるだろう。
 しかし、そんな話は今の状況にはそぐわない。
「ナオミ。ベッドの上で他の男の名なんか口にしないでくれよ」
 それを聞くと、ナオミはやはり目は閉じたまま、口に微笑みを浮かべた。
 それからしばらくして、ナオミは体の向きを変える。
 サトルの方へ向けていたのを、ゆっくりと寝返りえをうって、仰向けの状態に変えた。
 シーツを胸元に引き寄せて、やっと目を開ける。
「だって、とっても疲れちゃったのよ」
 そして細い手を伸ばして、サトルの耳を触った。
 耳を寄せろという意味なのが判ったので、サトルはナオミの口元に耳を持っていく。
「お腹すいちゃったの」
 ナオミは恥ずかしそうにそう言った。
「本当にぺこぺこなの。そうしたら、ジョエルの顔しか浮かんでこなかったのよ」
 サトルはかぶりを振る。
「なんて奥さんだろう。結婚したばかりなのに、もう浮気か」
「ごめんなさい」
 クスクスと笑っている。
 サトルはナオミをシーツごと、それにくるむようにして抱きかかえた。
 そしてバスルームに行き、体を綺麗に洗って、二人で階下のキッチンに忍び込んだ。

次 小説|腐った祝祭 第一章 32|mitsuki (note.com)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?