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土地の風景を可視化する

小田原にある杉本博司が構想から20年かけて開館したといわれている江乃浦測候所(以下、測候所)に行ってきました。風景と計画論的に素敵だなと思ったことを書いていきます。

訪れたことのない方はカーサブルータスの記事をご覧になって頂いてからみた方が良いかもしれません。
https://casabrutus.com/special/hiroshi-sugimoto

- 目次 -土地の風景を可視化する1.周辺に広がる風景2.予約制の美術館 - イサム・ノグチ庭園美術館の回想も含めて-3.測候所の楽しみ方

1.周辺に広がる風景
測候所は小田原に在る。そんなイメージを持っていくと、違う場所に辿り着いたという印象を受ける。

江之浦測候所位置(Google map に加筆)

地図を見ると、一目瞭然。少し引いてみると、小田原と真鶴・湯河原の間に測候所は存在します。周辺のまちと比較すると、地形の条件から大きく開発を免れていたことがわかる(地図上、灰色っぽくなっているところがいわゆる住宅等が拡がっている)。

相模湾を一望できるような急斜面を縫うように道路がつくられ、入り組んだ地形豊かな斜面に、柑橘系の果物畑が並び、その間に住宅が点在している。蜜柑の直売所なども存在するが、収穫済みの樹木と、収穫中の樹木、またそこになっている蜜柑のようなものは、大きさも色味も違ってみえる。そんなことを考えていたら、ちょうど収穫・箱詰め作業をしている方に出会いました。

少しお話をさせてもらったところ、今は〈甘夏・バレンシアオレンジ〉を収穫しているということでした。仙台から来たと話をしたところ、お土産に出荷はできない傷がついてしまった甘夏とオレンジを頂けました。嬉しいですね。次回行く際は仙台土産を持っていきたいとここで宣言しておきます。笑

ちなみに、そういった品物は廃棄することも多いらしく、「勿体ないな。どうせなら美術館で売ったらいいの」に、と思いつつ、予約していた10時の会に参加するためにお母さんに御礼を言って移動しました。

測候所HPより 杉本博司氏のコメント“私は何ものかに導かれるように、その私の記憶の場所を与えられた。江之浦に広がる広大な蜜柑畑だ。(中略)何故ならば、縄文時代以来連綿として受け継がれてきた日本文化の特質、それは人と自然が調和の内に生きる技術だ。自然の内に八百万の神々を祀りながら、日本人は独特の文化を育んで来た。今、自然破壊の限りを尽くさねば生き残れない、後期資本主義の過酷な世界の中で、いちばん求められているのが、その日本文化の技術なのだ。(HP)”

とちゃんと書いてありました。この地域は果物と漁業なんです、と地元出身のスタッフも言っていましたが、測候所の周辺環境は自然豊かな場所です。測候所に行くだけでなく、周囲を散策するのも良いかもしれません。また、測候所から小田原よりに5分くらい歩いたところに、茶を愛した豊臣秀吉がつくらせた茶室“天正庵”跡地を利用したMUGIFUMIさんというパン屋さんもあります。測候所を訪れる前にここでパンを買い、光学硝子舞台舞台の観客席でゆっくりしながら、パンを食べても良いかもしれません。秀吉さんもこの地域の環境の良さを知っていたんでしょうか。
FB:https://www.facebook.com/mugiyakidokoro.mugifumi/

2.予約制の美術館 - イサム・ノグチ庭園美術館の回想も含めて-

江乃浦測候所は、予約制で1日3回、10時、13時、16時の開館で、それぞれ2時間制で開所しています。各回、基本的に最大30人程度で実施しているそうです。3回に分けているのは、江戸時代の人口密度を超えない程度を想定している、からだそうです。その時代の人口は、3000万人程度だったと言われていますから、現在の人口の1/4程度です。つまり、無理をすれば最大120名位は入れるのでしょうか。笑

私は平日の10時からの会に参加しましたが、参加者は10名程度でした。そのため、見て歩く順序を他の人と変える事で、殆ど他の人の映り込みなく写真撮影をすることができました。おすすめです。

私の好きな同じ様な美術館のイサム・ノグチ庭園美術館は、江乃浦測候所と同様に1日3回の見学ができる美術館です。おそらく、測候所が好きな方は、こちらの美術館も好きだと思います。3.楽しみ方、にも共通しますが、どちらの美術館も

・天空(世界中の空は繋がっている)・大地(earthもつながっている)・時間(時間を感じる悠久の素材としての石)

この3つを意識して空間が形成されていると感じます。決定的に異なるのは、写真撮影を許可している測候所と、許可していない庭園美術館、ということでしょうか。
また、測候所も許可されているものの撮ることを頑張りすぎると、正直、2時間では足りなくなります。そして、何よりぼーっとしたいのに、そういう時間がとれなくなります。というのも、背景となる相模湾の様子が刻一刻と変化していき、さっき撮ったのと違う景色に変化していきます。おすすめは数回行くか、同じ日に3回味わうのが良いかなと思います。

冬至光遥拝隧道・光学硝子舞台・相模湾

ギャラリー棟・三角形苔庭*小松石 石組・箱根外輪山

光井戸(室町時代)・生命の樹 石彫大理石レリーフ(12-13世紀)・観客席

古信楽井戸枠(室町)・待合棟・箱根外輪山

私が訪れた時は、ほんのひとときの晴れ間と、曇り空、そして、最後には雨が降りました。曇りの場合でも雲の暑さや、光の入り混み具合でそれぞれの場所が違って見えます。例え、1日晴れていたとしても、おそらく光の角度が変化して、それぞれの見え方が変化して楽しめると感じます。

三角塚

根府川石 浮橋

個人的に一番変化があって面白かったのは、この三角塚と浮橋。雨のおかげで、濡石となり、その前とは全然異なる存在感を一気に表し、石の表情と色味、形が浮かび上がりました。朝露や水打ちした際の晴れ間に見て見たいなと感じます。

3.測候所の楽しみ方

ここからは、個人的な測候所の楽しみ方をお伝えします。

** a.ギャラリー・隧道の軸線を感じるb.様々な石を楽しむ**

a.軸線を感じる

周囲に広がる風景を、もう一度想像してみると、このあたりは入り組んだ地形の中に測候所が存在します。地図を見ると、夏至の隧道100mというギャラリー棟という直線が微地形の尾根に合うような形で、ちょうど隧道が配置されているのがわかります。相模湾の水平の世界を切り取る額縁として、開口や隧道が相模湾の水平の世界を切り取る額縁として、開口や隧道が機能します。

当たり前にそこにある綺麗な海が、時には建物の背景としての大切な海に、時には主役になる場面展開として移り変わります。

そして、二つの軸をつなぐもう一つの有機的な苑路。そこに配置された様々な見所が存在します。視界が抜けた瞬間、その背景にはやはり海が現れます。空間が閉じられることにより開かれた瞬間の海の水平線が、ギャラリーや隧道により強調された軸線により強い水平線が現れます。

b.石を楽しむ

水平をとるために、頑張っている石。

様々な石積みを見ることが出来ます。穴太衆による石積み、地元根府川の職人さんたちが積んだ、小端積み、谷積みなどが見られます。また、これらの重なり合いが重なって見えてくることもあります。みんなが歩く場所も飛石、大曲り風飛石、延段、敷石などそれぞれ人の動きに合わせて、様々な組み合わせを見ることが出来ます。それらは対比効果とでもいうのか、それぞれが存在することでお互いの良さが引き立っています。

まとめ

周囲の地形からは一見やることを躊躇しそうな、二つの軸線を挿入したことで、もう一つの苑路や、海の水平線・箱根の外輪山の周辺地形がより可視化され、さらに測候所内も様々な石の組み合わせが立面的にも平面的にも重なり合うことで、それらの良さを引き立てあっています。
そのほかにも、ギャラリー棟は片持ち梁で構造的な負荷を軽減することで全面ガラス、塀は箒垣、杉皮垣、板塀(釘なし)など様々な自然素材、コンクリートははつり仕上げ、など様々な見所があります。作庭の思考を知りたいと感じる場所でした。

P.S.雑感

全ての写真は28mmの単焦点レンズ(iphone とほぼ同じ画面の広さ)で撮影しています。感覚として、どこを撮っても絵になるような印象を受けました。測候所で34箇所(1箇所は非公開)の見所を設定(入候所に配布される解説本で解説)していますが、何か一つを撮ると、何かが一緒に入り込みます。それが面白く、予想外の素材の関連性が目に飛び込んできて興味深いです(参照:2.予約制の美術館の写真にタイトルをふった写真)。

営業方法だけでなく、類似した空間と想起されるイサム・ノグチ庭園美術館との比較をすると、どちらも周囲の風景を活かしつつ、館内(所内)はイサム氏の庭は、空間の主成分を大地の彫刻(地形の造成)に拠っているのに対し、測候所では、二つの軸線建築的要素(ギャラリーと隧道)がその主成分を担っているといえます。そこに付随するように、どちらの場所も様々な石組が存在し、対比により空間が際立ち、それぞれの存在感により場所を成立させています。コンセプト・規模も大きさももちろん違いますが、測候所も再度訪れたいですし、久しぶりに庭園美術館にも行きたいなと感じた素敵な時間でした。
参考までに、若かりし頃に書いたイサム氏の庭に書いてまとめた謎論文を一応リンクで貼っておきます。

あ〜楽しかった。実務的にいうと、基本構想とか基本計画は大切な筈なんだけど、得てして軽視されがちで、建築でいうと、変な面積要件、ブロックプランだけつくる社会、不味いよな、と改めて感じた。

CREDIT
訪問日 2018/05/10 10:00-12:00
写真:Teppei Kobayashi
文章:Teppei Kobayashi

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