見出し画像

公共と民間のあいだから暮らしを豊かに。はじめまして、菊地純平です。

はじめまして。

もうすぐ30歳を迎えるころ、人生、暮らしや仕事について考えることが増えてきたので、自分の考え方や興味を書き出しながら思考を巡らせたいと思い、noteをはじめてみることにします。

30歳の自己紹介

もうすぐ30歳になる。いたって平凡な人生だが、かつて自分が想像していた以上に、幸せに豊かな暮らしを過ごしている。
人生100年時代、ちょうど30年ごとに区切っていくとキリがいいなと思うところもあり、振り返りつつ自己紹介。

1993年、埼玉県八潮市生まれ。建築家を志し、大学・大学院と意匠設計の研究室に進むも、設計ではなく「設計の与条件をつくる」ことに関心をもち、UR都市機構に就職。団地活用・再生などを担当し、2年で転職。現在はOpenA/公共R不動産に所属し、公共空間活用や、行政と民間のつなぎ手としてプロジェクトに携わったり、メディアを運営したり、組織のマネジメントに奮闘する日々を過ごしている。

2023年から埼玉県宮代町在住。2歳児の父。妻は建築家。「農村と郊外の間に小さく暮らす」をコンセプトに、妻が設計した自邸で”小さく暮らし”ている。

<略歴>
1993年 埼玉県八潮市生まれ
2015年 芝浦工業大学工学部建築学科(原田真宏研究室) 卒業
2017年 筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術専攻建築デザイン領域(貝島桃代研究室)  修了
2017年 (独)都市再生機構(UR都市機構) 入社
2019年 OpenA/公共R不動産 入社
2020年 結婚・長男誕生
2022年 埼玉県宮代町に転居
現在に至る

30歳手前で人生を考える

ここ3年での大きな変化は、結婚したこと、子どもが産まれたこと、家を買ったこと。
人生のライブイベントとしてかなり大きなことがこの短期間で押し寄せた。さらにコロナが重なった。
予定していた結婚式はコロナで1年延期したし、出産には立ち会うことができなかった。パパママ向けのなんとか講座みたいなものも軒並み中止され、周囲との接触は控えながら子育てをしてきた。
一方で、仕事は一気にオンラインへ切り替える方向へシフト。在宅で妻子と一緒に過ごす時間も増えたが、それは逆によかったように思う。初めての子育てはとんでもなく大変なことだらけだが(今もその渦中)、その一瞬一瞬がかけがえのないものだった。

>妻と一緒に出産・育児についてのnoteも書いてましたのでぜひ◎


仕事もプライベートも含めた「暮らし」を考えるようになったし、本当の豊かさについて追求しようという気になってきた。

子どもも大きくなってきて、誰に似たのか落ち着きのないわんぱく少年になりつつある息子。さすがに木賃アパートの2階に住み続けるわけにはいかないので新居を検討しはじめ、あれよあれよと妻が設計した自邸を構えることになった。

農村と郊外のあいだで小さく暮らす

コロナも相まって、職場距離で住まいを選ぶ理由がなくなった。僕らにとっては都内のキラキラした感じというより、ちょっとのどかでのびのびとした、そして地域のプレイヤーというかイキイキした人がいることが重要な気がしていた。
そこでふと、都心から1時間ほどの、埼玉県宮代町に行きついた。郊外というには開発されていないし、農村というほどなにもなくない。ちょうど中間みたいな町だと思っている。

つい最近、駅前に東武鉄道が開発した東武ストアと無印良品ができた。それは大きな建物ではなく、なんと平屋立てで、しかも目の前には芝生広場がある。こんなにのびのびした、贅沢な駅前開発は珍しい。普通だったら、1階にスーパーがあって、よくある飲食店や家具屋が入ったりして、さらにその上に住宅があって、どんどん高くなるもの。それとは相反して、広い空を最大限享受して、のびやかに暮らそう!みたいな気概を勝手に感じた。それを見たときに、いい町だなと一瞬で引き込まれた。

東武動物公園駅前にできた東武ストア+無印良品

その町で、必要十分な小さな家で暮らすことを選択した。これについてはまた別の記事で詳しく書くことにしたいが、今のところその選択は間違っていなかったと思うし、自分たちには合っていたと思う。とにかく今は幸せで豊かである。

>家づくりについては妻のnoteでいいかんじにまとめられているのでぜひ◎

仕事のルーツ/設計の与条件をつくる

学生時代、設計課題に奮闘する日々だったが、そこで感じた違和感があった。与えられた与件からいかによい空間、デザインを考えるか、ということより、そのスタートラインである設計条件が気になってしかたがなかった。なぜこの敷地で、この規模の、この用途の建築が求められているのか。それは果たしてまちにどう受け止められるのか。将来どうなっていくのか。

建築の評価も気になった。かっこいい建築、技術が素晴らしい建築。名だたる賞を受賞する「名建築」は、なぜ評価されているのか。本当に良い建築とは、かっこいいことではなく、人々に愛され、使われ続けることなのでないかと、当時学生ながらに思った。

いい建築をつくるためには、設計フェーズにおいていかに与件を解いていくかではなく、「どう与件をつくるか」によってほぼほぼ決まってしまうのではないか。そんなモヤモヤを抱いたりして、今でもその考えは大きくは変わっていない。

かといって自分は建築設計が嫌いなわけではない、むしろ大好きだし、身近に優秀な設計やデザインができる人をたくさん知っている。だから、彼らが気持ちよく本領を発揮できるような、いい設計条件をつくってパスしたい。それが自分の目指している方向だ。

(周りのみんなに到底かなわないな...って思ったのが正直なところ。。)

公共と民間のあいだから暮らしを豊かに

そんな仕事もルーツもあり、今のテーマは「公共と民間のあいだから暮らしを豊かに」である。設計の与条件をつくるということはつまり、よき発注をつくることに他ならない。

公共R不動産では、行政がもっている使われなくなった公共不動産(廃校、図書館、役所、自然の家、公園、さまざま…)の活用相談がやってくる。
公民連携、民間活用、といった可能性をいかに広げていくかを考えていくわけだが、それに対し、どんなコンセプトで、誰と、どんな仕組みで活用していくといいのかを、主に発注者である行政の方々と一緒に考えている。そのプロセスは、その場所が、どのように使われ、どんなインパクトをまちに与えるのか、ということを考えることに通ずる。

だが、公共には公共の都合があり、民間には民間の都合がある。そのあいだに立ち、翻訳したり、橋渡ししたり、可能性を拡張したり、そんな立場で動いている。いい公共の発注をつくり、いい民間プレイヤーにバトンをつなぎたい。そして行き着くところは、まちや暮らしを豊かにしたい。

寛容的であり、選択可能性があり、人やふるまいが多様であること。そんなところが自分の中での豊かな暮らしなのだと考えているが、それは常に巡り巡って考え続けたいテーマ。
とにもかくにも自分のアプローチは、公共と民間のあいだから、豊かさを追求することなのだと思う。

 

と、自分の興味なのか、考えていることなのか、まずは書き出してみることにしました。
やっぱり自分の思考を整理して昇華していくには、話したり書いたりすることだなという根本に立ち戻ってきたので、トレーニングもかねて書き続けてみたいと思います。

当面は、公共・子育て・家づくり、あたりのテーマで書き連ねていこうかと。
目標は2週間に1回。
遅めの頻度ですが、少しずつ、書き溜めていければと思っています。

ぜひ暖かく見守ってもらえればと思います!
どうぞ、よろしくお願いします!

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?