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「蹴らずに動く」 〜軽速歩の「立ち方」

 前の記事では、軽速歩の随伴動作をスムーズに行いやすくするための、「座り方」について考えました。


ここでは、そこで述べた「鐙に載ったバランス」を踏まえて、軽速歩の「立つ動作」について考えてみたいと思います。


その前に、馬に乗った経験がないような方の場合、まず馬の上で鐙に立つということ自体が難しいということも多いでしょうから、まずはそのやり方から考えてみましょう。


鐙というのは一般的に、鞍に紐でぶら下げられた輪っかの底の部分に足を直交させるように踏んで使うような構造になっていますから、
その細い面積だけで体重を支えて立つためには、いわば「綱渡り」や、「一本歯の下駄」を履いて立つのと同じような、かなり高度なバランス感覚が必要になります。

そこで、普通は膝や太腿、あるいはふくらはぎやくるぶし辺りで鞍や馬体を挟んでホールドし、その摩擦力によって重心のブレを抑えてなんとか姿勢を安定させようとするわけですが、

とくに初心者の方の場合、脚のどこに力を入れて、どの部分で体重を支えれば良いのかといったこともよくわからなかったりしますから、

止まっている時にはどうにか立てても、馬が動き出すとすぐに尻餅をついてしまったりということも多いものです。


そこでまずは、とりあえず「歩いている馬の上で楽に立っていられる」ようになるための方法から考えてみたいと思います。


①止まっている馬の上で、鐙に立ってみます。

踵に体重が偏るとへっぴり腰になりがちですから、「身体の中でお腹が一番前」くらいのつもりでおへそを突き出すようにして、腰から上を真っ直ぐに保つようにしてみましょう。

初めは、何か手すりになるようなものにつかまって行うと楽だと思いますが、
鞍の前喬のいわゆる「サドルホルダー」だと、角度的に下過ぎて猫背になってしまったりするので、
馬の首に「胸がい」のような形で適度な長さの紐を掛けたりして、掴まって頼れるようにして行うのも良いだろうと思います。


②この時点では、おそらく爪先や足首が突っ張って、ふくらはぎの筋肉がプルプルしているような感じになるかと思いますが、

①のバランスを保ちつつ、膝や足首の力を抜いて軽く曲げ、足裏を水平に保つようにすると、
膝の位置が少し下がって重心が低くなり、バランスを保ちやすくなります。

膝や足先の向きは真っ直ぐよりもやや外向きくらいの方が、ふくらはぎの内側が鞍にフィットして、より安定感が得られるでしょう。


③立ち姿勢を保つコツがわかったら、そのときの重心の位置をなるべく維持するようなつもりで、軽く上体を前傾しながらゆっくりと腰を下ろし、

そこからまた立ち姿勢に戻る、というような動作を繰り返してみます。

この時、つい足先で鐙を蹴って立ち上がろうとしてしまいがちになりますが、そうするとだんだん鐙が前に行って立てなくなったりします。

足を自分の「お尻の下」辺りに構えるつもりで座ったところから、なるべく鐙を蹴らないようにして、足をその場に残したまま腰を前に突き出すようにして上げていくのがコツです。

足で地面を蹴って真上に飛び上がるような動きではなく、正座の姿勢から腰を上げて「膝立ち」の形になるような動きをイメージしながらやってみると、楽に出来るのではないかと思います。

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そうして立つ、座るの動作がある程度スムーズにできるようになったら、これを動いている馬の上で行います。

初めは常歩で、馬の前肢が交互に着地する「1、2、」というリズムに合わせて一歩ずつ、「1で立って、2で座って、」とやってみます。

一回一回足に体重を力を入れて踏ん張ってから「イ〜…チ!」と立ち上がったのでは、動作に時間がかかり、馬の「1、2、」のリズムに遅れてしまいやすくなります。

「イチ」という間に立つ動作が完了するためには、足で鐙を蹴らず、腰の随伴の動きでスッと「ひと拍子」で膝立ちの形になることが出来るかどうか、というのがポイントになります。

常歩でスムーズにリズムよく、立つ座るの動作が出来るようになってきたら、いよいよこれを速歩で行います。

初めは速歩のスピードと縦揺れに面食らうかもしれませんが、ここまでの動きがスムーズに出来ていれば、ほどなくリズムがつかめてくるのではないかと思います。


  中には、馬の速歩のリズムに立つ座るの動作のタイミングがどうしても合わせられない、という方もいるでしょう。

タイミングが合わない原因としては、
「立たなければ」という意識から力が入り過ぎて、
毎歩毎歩全て鐙を蹴って立ち上がろうとしてしまっていたり、立っている時間が長すぎたりしていることが多いようです。

そういう方の場合、足の筋肉が緊張して膝や足首の動きが非常に固くなっていたりしますから、
まずは停止状態で、立ち上がりの動作をなるべく力を抜いて出来るように練習してみるのも良いだろうと思います。

疲れているときなどに椅子から立ち上がる際、上体を前傾させて膝に手を着きながら「どっこいしょ」と立ち上がるようなイメージで、

両手を太腿の上に置いて前傾した姿勢から、なるべく足先で鐙を蹴らないように腰を浮かせたり、そこからドスンと尻餅をつかないようにゆっくりと座ったり、という動作を繰り返します。

膝に手を着くことで、内腿で体重を支えたバランスや、爪立たずに足裏の水平が保たれている状態の時の感覚を確認しやすくなります。

 楽に出来るようになってきたら同じことを常歩で行い、
鐙を蹴るのではなく、前進による加速Gに負けないように腰を随伴させ、内腿や膝の辺りに荷重を載せていく動きと、尻餅をつかないようにバランスを保って座る動きとを身体に落とし込んでいきます。

そうしてある程度慣れたら、速歩でも同じように出来るか試してみます。

膝の力を抜いて、「立ったらすぐ座る」というように意識してみると、だんだんタイミングが合ってくるのではないかと思います。

また、比較的すんなりと軽速歩の動きがつかめたような方でも、よく見ると、座る度に「トトン」とお尻が小さくバウンドしていることがよくあります。

これは、「立ち過ぎ」とは逆に、立っている時間が短か過ぎる、言い換えると「座るのがちょっと早い」状態です。

馬の動きに乗り手の重心が置いていかれて、尻餅をついてしまっているわけです。

そうなってしまう原因は、鐙に立つ動作を行うときの身体の使い方にあります。

軽速歩の立つ動きには、速歩の反撞に上下動のタイミングを合わせることでお尻が鞍に衝突するのを防ぐ、というだけでなく、
馬の一歩一歩の前進する動きに乗り手の重心が遅れないようについていかせる、という「随伴」の意味があるわけですが、

このとき、多くの方が、足先で鐙を蹴ることで自分の重心移動の動きに「ブレーキ」をかけてしまっているために、尻餅をついてバウンドしてしまうのです。


・足の「レバー」の使い方

通勤などで走行する電車やバスの中に立っている時、スピードや進行方向の変化による慣性力によって身体が振られ、バランスを崩しそうになったことがあるのではないかと思いますが、

 そんな時、身体が倒れそうになる方向によって、足を踏ん張るときの力の入れ方が自然と変わってくるものです。

 例えば、前に倒れそうになった時には、思わず前に一歩踏み出しますが、満員でそうしたスペースがない場合、爪先をギュッと踏ん張るようにしてなんとか堪えようとするでしょう。

 逆に、後ろに倒れそうな場合は、膝を曲げて腰を落としながら片足を一歩下げるのが確実ですが、
慣れた人なら、爪先をちょっと浮かせ、踵で踏ん張るようにするだけでやり過ごすことも出来ると思います。

このように、足のくるぶしの関節から下の「逆Tの字」型の部分をレバーのように使い、足先や踵先の部分を地面に押しつけることで、上体の傾きにブレーキをかけることが出来るわけです。


このことは、乗馬の軽速歩で鐙に立とうとする時の身体の使い方の「間違い」に気づき、修正するためのヒントになるのではないかと考えられます。

 軽速歩に限らず、一般的に前に移動しようとする場合には、足先で地面を押してその反力によって前進しようとするものだと思います。

 まして、座った姿勢から立ち上がる時のような、上方向への成分を含んだ重心移動をしようと考えると、反射的に爪先で地面を蹴って飛び上がろうというような意識が働きやすくなるものです。

ですが、前述の電車の中で踏ん張るときの例のように、足のレバーの前側を下げる、つまり足先で地面を押そうとするような力というのは、結果的に身体を後ろに傾け、重心が前に移動しようとするのを阻害する「ブレーキ」として働きます。


  軽速歩で立つためには、座った位置から腰を鐙よりも「前に」随伴させてやる必要があるわけですが、

足先で「ブレーキを踏む」ことによって、膝や腰が前ではなく、真上に浮き上がるような感じになり、
さらに前進による慣性力によって重心が後ろに置いていかれることで、ドスンと尻餅をついてしまうようなことになるわけです。


馬の動きに遅れない、安定した軽速歩の動作のためには、
立つ時は鐙を爪先でギュッと踏みつけて身体の動きにブレーキをかけるのではなく、むしろ反対に、足先を鐙から軽く浮かすくらいのつもりで足首を折り曲げ、足裏の広い面で鐙を優しく踏みながら、

「正座から膝立ちの姿勢になる」ような体幹全体の動きによって、足の力に頼らずに動作を行うようにすること、

そして、座る時にも、馬の前進する動きに遅れて尻餅をつかないように、「鐙に載ったバランスを維持しながら座る」こと、

この両方を意識してみると良いのではないかと思います。





「馬術の稽古法」を研究しています。 書籍出版に向け、サポート頂けましたら大変ありがたいです。