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読書録122 喜瀬雅則著「中日ドラゴンズが優勝できなくても愛される理由」

待ちに待った本作なのである。

https://note.com/jrc43z/n/n1e859f34c495

https://note.com/jrc43z/n/nbad207cdcb77

阪神タイガース、オリックスバファローズ、福岡ソフトバンクホークスと、著者の本は踏み込んだ取材でタブーにも斬り込むところが面白い上に、書かれたチームは必ず優勝するという縁起の良さもあって、次はドラゴンズを書いて欲しいと願っていたので、発売の報を聞くや書店に駆け込んで購入した次第なのである。

読み終えての感想としては、結局「在名マスコミ」というか、本編でも描かれた地元テレビ局も抱き込んだ「共同体」の枠を越えられなかったかと、軽く失望している。

著者自身も書いているが「星野仙一に寄りすぎ」ているのが第一。

これは「大島派対小山派の相剋」をほぼほぼ描いていないのが最大の理由なんじゃないだろうか?

この部分を避けて、星野の影響下にある人物中心にインタビューを行えば、星野は善玉となり、落合は悪役となり内容は陳腐化する。

個人的には、「両派相剋」を軸に球団人事や歴史を描けるのではないか?と期待していたのだけれど、落合解任の理由に「名古屋愛」ってぼんやりした概念を持ち込むのは、山田久志さんどうなのよってなる。

「5年、10年先を見据えたドラフト」を星野が推し進められたのは、その時期に監督復帰する事が担保されていたからであって、その背景には「大島派」の代表格という立場がある。

高木守道との微妙な関係も、高木が「小山派」の代表格とされていたからで、田尾や谷沢のような無党派層に当たりがキツかったのも、「党派性」こそが星野仙一の権力の源泉だったからだろう。備前倉敷からやって来た外様の一青年が、尾張名古屋で「国盗り物語」を展開するには「古き権力の内訌」に付け入るしかなく、彼の挙動は斎藤道三によく似ている。

古いファンなら周知の事実であるが、ドラゴンズの監督は、両派が順番に「推薦」する形になっていて、80年代終わりから90年代にかけては、大島派の星野と、小山派の高木が交代で指揮を執っている。

星野退団から阪神監督就任も、決して美談ではなく、権力争いに敗れて嫌になるほどの泥試合を三流週刊誌の紙上で繰り広げた挙句、「順番を破って」自派の山田久志を監督就任させた上で、ケツをまくって逃げ出しただけであって、秋田出身で阪急の西宮とオリックスの神戸で名声を得たのに、いまだ名古屋メインで解説等してくれている「名古屋愛」に溢れる山田が、球団のバックアップを得られずに「酷い目」にあった事実も描かれていない。

山田解任後の落合博満招請は、「小山派の大番頭」白井文吾によるものだが(高木守道に監督になれない事情があっての起用)落合政権の好成績で任期が延びた事もあって、緩やかに両派相剋は解消され、白井から大島家の嫡男である宇一郎への禅譲で完全に手打ちになりはしたのだけれど、「星野の直系」である立浪和義の監督就任が、宇一郎オーナー誕生まで持ち越されたり、と掘り下げる所は多かったと思うんだけどなぁ…

とはいえ、サカナクション山口一郎氏を始めに、立浪和義監督のインタビューまで、割と突っ込んだ「本音」が引き出せていて面白かったのだけれど。

かなり強烈なジンクスを持つ著者だけに、秋を楽しみにドラゴンズを応援していこうと思う。

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