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本来の意味の「プラスチック」を知ると、世界の見え方が変わる。

今日は、
よく耳にする言葉でも、由来を正確に知らなければ、情報を的確に理解できず、物事の判断を歪めてしまうこともある
と感じた体験談をご紹介します。

昨年7月にスーパーやコンビニで始まった「レジ袋の廃止、削減」という社会的な取り組みを通じて、一気に注目度が高まった「プラスチック(plastic)」という日本人にも耳慣れたこの英単語について、皆さんはどのようなイメージをお持ちですか?

また、「プラスチック(plastic)って何?」と聞かれたら、皆さんはどのように説明しますか?

少し考えてみてから、この先をお読みください。



1.オランダのバイヤーから言われた「ある要求」と、日本の知人との会話


以前、私がオランダに提案した地方の紅茶商品がありました。

私の提案内容を聞いたバイヤーさんから商品に関する良い評価を受けた後、「一つだけ改良してほしい」要求されたのが、ティーバッグの素材で、
具体的には、

「ティーバッグを石油由来の素材から、生分解性のある素材に替えてほしい」

という要求でした。

茶葉の味、焙煎技術、パッケージデザイン、価格、全て満足がいく完成度であるからこそ、余計に目につく石油資源由来のティーバッグについて、バイヤーさんは、

「たった一つの袋が理由で『買わない』という判断を下されては惜しいので、ヨーロッパでは『捨てるまでが消費』だと考えて対応してほしい」

ということでした。

そして、バイヤーさんの要望を受けて九州で代替素材を探したところ、
ある植物の皮
を用いた

「生分解性100%のバイオプラスチック製ティーバッグ」

が見つかり、それをオランダに提案したところ、とても喜んでくれたのです。




それから数ヶ月後、その一連の話を、環境意識が高いことで知られる日本の知人女性にたまたま話した時、
「バイオプラスチック」
という言葉を使ったら、

「それもやはり、バンブーレーヨンみたいに、石油系の素材と混ざったティーバッグなんでしょ?」

と言われました。

「いえ、バイオプラスチックですよ」
と説明したところ、

「だから、結局、プラスチックなんでしょ?」

と言われ、なんだか話がかみ合っていない違和感を抱きました。

そこで、その知人は英語がとても得意だったのですが、失礼を承知の上で、
「プラスチックという言葉の意味をご存知ですか?」
と尋ねたところ、

「プラスチック・・・って、プラスチックでしょ?輪ゴムとかビニール袋とか、ゴムサンダルとかバケツみたいな、ケミカルな原料でしょ?」

と言われ、
「あぁ、だから話がかみ合わなかったのか」
と納得しました。




2.外来語である「プラスチック」という言葉には、本来「石油由来」という意味はない


私はマルチリンガルで、どの国の言語を学ぶ時も、語源語形変化をじっくりと観察するのが好きです。

ですから、もちろんplastの原義も知っており、plasticの語源を知った時は、縄文時代の「土偶」とつながって、とても面白く思いました。

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(写真はWikipediaより)

PLASTとは「可塑(かそ)」の意味で、「塑」とは「形づくる」を意味し、人類が最初に出会った可塑の物体こそ、土偶の原料となった
「手でこねて形を作り、時間がたって乾燥したら固まる粘土」

だったからです。

それ以降の人類の「道具の歴史」は、さらなる可塑性、つまり「よりplasticであること」を満たす素材を求める歩みです。

土器以前の時代には「石器」が用いられていましたが、固く熱にも強く、壊れにくい石器は「割った時」、「削った時」にしか変形せず、その形はランダムで、「可塑性」、つまり形状加工における自由度は低い素材でした。

硬度や耐熱性、防水性においては石器に劣っていながらも、可塑性に優れた土器は、石器と補完しあう形で人類の生活をより便利に、豊かにしていきます。

また、石器や土器と同じくらい古くから使われていた木材も、道具になり、燃料になり、住宅にもなり、非常に重要な素材でしたが、木材の形状は一度決まれば、熱や水を加えれば再度変形する土器のような利便性はなく、ゆえに木材は「plastic」という視点で見れば、不便な素材です。




こうして、
「人類初のプラスチック製品」
である土器は、採取、収穫してきた食糧の貯蔵を可能にし、人類の生存に多大な貢献をしましたが、
「落とせば割れ、重くて運搬に不便であり、武器や農具に使うには脆すぎる」
という欠点も備えていました。

そこで、生活の利便性を高めるため、人類は土器の次に青銅器を生み出し、それからを発見し、硝石から透明のガラスを生み出し、ボーキサイトを発見し、鉱物の特性を様々な形で組み合わせることで、生活のニーズに合わせて細分化された新たな道具、便利な道具カスタマイズしていきます。

金属も、熱や圧力、屈曲、打撃を加えて形状を作る点ではplasticですが、合金の場合だと一度形が定まれば分解は不可能で、熱を加えて分離し、再び別の形にするのも実質的に不可能です。

昔は「鋳掛屋(いかけや)」という職業があり、割れた陶器や鉄器を「金接」のような技能で修理、修復してくれたそうですが、この事実が示すように、金属をプラスチック的に使うには、専用の設備、資材、技能が必要でした。




そして、20世紀初頭に、ベルギーベークランド博士が世界で初めて、石油由来の資源から「人工の可塑性原料」を作ることに成功します。

人類初の「人工プラスチック素材」とは、耐熱性と絶縁性を有する合成樹脂で、ベークランド博士の名を取って「ベークライト」と名付けられ、ここから、
「プラスチック=石油由来の素材」
同義語になるほど、化学合成物質(化合物)の躍進が始まります。

私が気に入っている『NPO法人科学映像館』のYouTubeチャンネルに、ベークライト博士の発明から始まった石油由来のプラスチックの歴史が紹介されているので、興味がある方はご覧ください。

【▼工学入門シリーズ 機械工学編 かわりゆく材料 プラスチック】

この動画でも分かるように、石油由来のプラスチックは、それまで人類が用いてきた自然由来の素材では満たせなかった条件を、想像を絶する用途の多様さ、柔軟さ、規模、スピード、そして「安さ」で満たしていきました。

それは、絶縁性、耐熱性はもちろん、原料の配合と製法によって、理想の軽さ、透明度、屈曲性、反発性、消音性といった、これまで両立、並立が考えられなかった物理的な特性をいくつも同時に備えることができます。

さらに、防水性、耐候性、耐火性、耐薬剤性、耐塩性といった物質上の特性をも同時に備え、木材では腐食し、金属では劣化するような用途でも、苦も無く安価に要求を満たしました。

特に、戦後中東大型油田が発見され、石油資源の価格が下がり、化学がさらに発達したことから、新素材の分子配合の組み合わせ分子量が激増し、自然界では生成しない数量の分子を有する素材「ポリマー(重合体)」と呼ばれ、ポリエチレン、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアミドなどは、私たちにも馴染みがある素材ではないでしょうか。

こうして、新型プラスチックは建設資材として、繊維として、軍需物資として、生活用品として、圧倒的な数の用途圧倒的な利便性圧倒的な価格実現し、あたかも現代の「スマホ」のように、それまで存在していたあらゆる素材、道具、製品を呑み込み、人類の生活と産業構造を激変させてしまいました。




しかし、プラスチックの強みは、そのまま弱みとなって様々な問題を引き起こし、それを生み出した人類にその使用を続けるか否か深刻な問いが突き付けられる時代を迎えました。

自然界に存在しない分子結合で設計され、自然界では生成できない構造と機能を持っているということは、

「自然界に放置、廃棄されても、微生物が分解できる性質(生分解性 biodegradable)を有しない」

ということです。

それはつまり、作り続け、使い続け、捨て続けるほど、永遠に「なくならないゴミ」増加、蓄積、循環を続け、自然界のあらゆる場所ゴミ捨て場となっていき、最後は自然界から食べ物と飲み物を得る「人間の体」がゴミ捨て場になるほかない、ということです。

ようやく事の重大さに気付き始めた人類は、大急ぎで生活物資や産業資材から石油由来のプラスチックの使用を減らし、作る時も使う時も捨てる時も、環境負荷がないか、負荷が少ない素材に支えられた社会の創造を目指すようになりました。




そして、
「石油由来のプラスチック廃止」
が現在、世界で最も進んでいるとされるのがヨーロッパで、私のバイヤーさんは特に環境志向が強い方だったので、紅茶のティーバッグという、
使えば捨てるだけの部分を、

「生分解性のある素材に替えてほしい」

と要求してきたのでした。

それを日本人の知人と話した際、私が

「バイオ(ディグレーダブルな)プラスチック」

という単語を使った時、彼女には
「プラスチック」という単語だけが印象に残ったようで、その反応から、どうやら、

「プラスチック=石油由来の使い捨て素材から作られた日用品、消耗品」

誤解されていることに気付き、私の話している大事な情報が伝わっていないと気付いた、というのが冒頭に記載した事の経緯です。





3.「プラスチック」という言葉を正しく理解するだけで、日本のビジネスチャンスが広がることを知ってほしい


私が問題を提起したいのは「日本人の英語力」ではなく、むしろその先のことで、


plasticの本来の意味を知らずに、「プラスチック=石油由来」

と、実はそれが「ある一部分」しか指し示していないのにも関わらず、「それがすべてだ」と誤解する人は、「プラスチック」という言葉を聞くだけで、反射的に「石油由来のものだから、自然にとって悪いモノ」と反応し、狭い解釈内にとどまることで、時に相手の重要な話を間違えて捉えてしまい、先に進むものも進まなくなるということです。

本来、廃止、削減、規制すべきは、
×「生分解性のない資源由来の消耗品の生産、使用、廃棄」
であって、
〇「可塑性のある素材(=プラスチック)の使用」
ではありません。

plasticの原義を知れば、むしろプラスチックの使用はどんどん増やすべきで、その使用の際に

「これからは、生分解性のある素材を使おう」

という条件が、世界的な傾向として加えられただけのことなのです。




「プラスチック」を正しく理解できれば、ナノテクノロジーを駆使して植物や昆虫から採取した新素材や、新たに発見した物質の特性物理、化学の技術を駆使して再現し、応用することができます。

私の知る範囲でも、麻、竹、和紙、松脂、蟻酸を用いた画期的な素材を生み出し、躍進している中小企業があります。

彼らが提供する素材は全て「プラスト」であり、用途に合わせて「プラスチック」であり、原始的な生活に戻るどころか、先進的な未来を体験させてくれる、新時代のプラスチック製品ばかりです。

繊維もフィルム(膜状の物質)も、チップも棒も、プラストであるがゆえに生まれた形状で、便利で安価で量産しやすく有害な石油由来の旧プラスチックを使わずに、これほどの性能品質を備えた素材製品を作るまでに、一体どれだけの苦労があったことでしょう。

私は、日本人材料工学や素材加工においては世界トップクラスに優れた能力を持つ民族だと信じているので、竹油、楮の茎などを用いた
新時代のプラスチック

「ジャパニーズ・プラスチック」

と名付けたいほどです。

このように、現場の製造者は、カタカナでもプラスチックの本来の意味知っているので問題ないのですが、特に消費者
「プラスチック=石油由来」
誤解している場合も少なくないので、「バイオプラスチック」という言葉も誤解が原因で、自然にとって良いものでも、拒否感を持たれるのは、もったいないことです。



4.外来語との向き合い方が、良くも悪くも、これからの日本の行く末を左右する


外来語は私たちの視野を広げ、思考を助け、新たな情報や文化をもたらしてくれますが、半面、正確に理解しないと教育文化の発展妨げてしまうことがあります。

私が昔から「悪い例」だと感じているのがマレーシアフィリピンで、マレー語タガログ語における英語由来の単語の使い方には、旧植民地ならではの消極的文化受容のが見られ、単に似ている音をマレー語っぽく、タガログ語っぽい綴りに変えただけで「マレー語だ」「タガログ語だ」と言う人がほとんどです。

近代の科学技術政治経済の概念は、実質的に欧米が世界を制覇しましたが、わが国のすごいところは、近代の自然科学、人文科学、社会科学の外来語由来の概念全て日本語で定義し、解釈し、導入してきたことです。

私が昔愛読した『日本漢語と中国』(鈴木修次・中公文庫)には、近代中国和製漢語を続々と学習し、採用し、近代化を推進した歩みが描かれており、近代中国がお手本にして学びたいほど、西洋の概念正確に理解した日本の先人の学識と、それを適切に漢語化日本語化した責任感、文化センス、先見性感謝の念を抱かずにはいられません。

そして、だからこそ、安易カタカナを振り回し、英語を多用したがる昨今の風潮が、日本人の知的怠慢、知的劣化に思えてなりません。

ちなみに、現代中国語では、明治期の日本のように、プラスチックを「塑料」、エネルギーを「能源」、データを「数拠」と呼び、母国語で概念や性質を正確に理解できる訳語を当てています。

いっぽう、日本では、ITやソフトウェア、エネルギーで使用される用語は、ほぼ全てがカタカナとなってしまい、PCの使用時にプロトコル、シーケンス、プロプライエタリ、プロパティ、レジストリ、クォータといった言葉が出てくるだけで「もうギブアップ」という人も多くいます。

こういった現代社会ビジネスに不可欠な単語を、明治時代のように適切な日本語に置き換えれば、どれだけ仕事からストレス無駄な時間がなくなり、新たなアイデアや交流機会が生まれるでしょうか。




5.まとめ

今日は、本ブログのテーマである輸出とは、一見、関係が薄そうに見えるものの、日本人の「言葉」に対する姿勢に一石を投じることで、海外との向き合い方にも影響が出る内容をお届けしました。

私たちの思考想像「言葉」によってなされる以上、使用する言葉正しい意味、語源、変遷をたどってみることは、思考の修正活性化のために有益な作業です。

明治の先人たちは、あらゆる西洋語の概念単語を翻訳しまくり、日本語、日本史、日本文化と徹底的に向き合ったからこそ、後に欧米を凌駕するほどの技術製品を生み出せる国の基礎を築くことができました。

技術も、素材も、そしてそれに先立つアイデアも、最初は全て「言葉」として生まれ、検証され、実現されたのです。

そして、その過程で行われた思考、想像の対象となった現象、物体、事実、問題といった事柄もまた、「正しい言葉」によって捉えられたからこそ、正しい認識や対策を考えることができたのです。

傍目には英語が得意で、環境意識が高いと見られているような人でも、「プラスチック」という、誰もが聞いたことがある単語の由来を知らないという現実にたまたま接して、いろんなことを考えさせられました。

「他の人が正確に理解していない言葉と向き合うこと」
も、海外ビジネスにおいては有効な市場調査の手段であり、商品企画の作業と言えるのではないでしょうか。


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