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へらへら笑ってろ(双極性障害の私)。<2>『ノルウェイの森』に救われた。

読書は、私にとって最高の娯楽です。本を読んでいられたら幸せ。ですから、病状、特に鬱状態が悪化して、いちばんつらいことの一つは、本が読めなくなることです。
鬱状態の人は、よく同じところを何度も読み返してしまったり、何度読んでも頭に入ってこなかったりすると聞きます。私の場合もそうで、過去に、鬱が酷かったとき、自分がものすごく低能になったように感じて、苦しかったです。
だったら、本を読むのを止めさえすればいいのですが、なにしろ最大の娯楽なので、あきらめたくない。10回の入院中も、とにかく意地になって、毎日本を読んでいました。

鬱期には、いろんな本を読みましたが、小説は早くにあきらめました。ストーリーが頭に入ってこないし、感動もしない。特に名作と呼ばれる小説を読んで、なんの感動もなかったときは、自分を責めたものです。こんな素晴らしい名作に心の動かない私は、最低だ、と。鬱状態のときは、自分を責める材料なら、いくらでも転がっているのです。
自己啓発系の本も駄目でした。何か手っ取り早く、助けてくれるものが欲しくて、この類の本に手を出すわけですが、なんだか叱られているような気分になりました。それに、紹介されているノウハウも気力と体力不足で、実行できないんです。やはり、最後は自分を責めていました。
人生に疲れている人向けの、ほんわかしたメッセージにあふれている本も、私は駄目でした。心が全然あたたまらない。子供騙しのようにも思えましたし、読んだくらいで楽になるなら、とっくに楽になっているよ、と怒りさえ覚えていました。
こんな感じで、鬱状態のときにフィットする本を選ぶのには、本当に苦労してきました。それだけ、自分にとって大切なことだからでしょう。

でも、あったんです、読める本が。
この本は、私を救ってくれた本でもあり、人生で1冊だけ選べと言われたら、少なくとも現段階では、私はこの本を挙げます。
村上春樹さんの『ノルウェイの森』です。
今さら私が語るまでもないベストセラーですが、出版されたのは、1987年。大学時代、キャンパスには、あの有名な赤と緑の表紙の上下巻のどちらかを抱えた学生がたくさんいました。
私がこの本を最初に読んだのは、かなり遅くて、40代になってから。以後、原作も、英語版も何度も読み返しています。
私は、村上さんのファンで、彼の著書を読むのはもちろん、村上さんのラジオ番組を聴いたり、特集された雑誌や、ユニクロで発売されたコラボTシャツも思わず買ったりしているわけですが、『ノルウェイの森』は特別な存在です。
この作品の魅力を語り始めると、止まらなくなるので控えますが、心の病いを抱えた方には、この本はとても優しい、癒しなのではないでしょうか。心地のよい言葉ばかりが待っているわけではありません。読んでいて、うずくまりたくなるほどつらい場面も、息を止めて読んでしまうシーンもあります。
それでも、この作品には「物語がもつ浄化の力」があります。救いも。鬱が酷いときにも、この作品は、たくさんのギフトを与えてくれました。理解力や感受性が落ちている、鬱状態のときにですら、です。そのことが、この作品の力を物語っていると思います。

好きなことを楽しめないつらさは、鬱期の人は誰しも体験したことがあると思いますが、それでも楽しむ方法は、きっとあると思います。好きなことができず苦しい思いをするのなら、そしてどうせ苦しいなら、読める本を探す苦しみのほうが、読まない苦しみより楽だと思います。
私の場合は『ノルウェイの森』と出会えたおかげで、読める本を探す苦しみからも、読めないことの苦しみからも解放されました。いまでは、ときどきやってくる、生きることのしんどさを、そっと治してもらうために、この本を読み返しています。そして読み返すたびに発見や気づきなどのギフトがあります。
誰にでも、どんな症状にも効く万能の本など、ないでしょうけれど、『ノルウェイの森』は、私には、最高のお薬です。

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