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マウンター2

前に勤めていた会社はおもしろ人間のビオトープでありますので、今回もそのうちの1人に対して思ったことを書いてみます。

僕は男性なので、女性の深層心理を知ることはできません。また、そういうものを見抜く力もない人間だと思っています。

同僚に、そういうのを見抜くのが得意(自称)な男性がいました。表現が難しいのですが、例えば、ちょっと若手の女性社員と話をしたあとに「あの子はこういうタイプの子で、こういうことを言えば喜ぶし、こういうことを言えば嫌がる」と、頼んでもいない女性社員の分析結果を報告してくれる人でした。

それだけなら、まあわかるのですが、彼は本人に直接「君って、自分の部屋はあんまり掃除しないタイプだよね? サバサバしてるって言われない? ●●って映画好きでしょ?」と、目にも止まらぬスピードでどんどん型にはめてゆくのです。ほぼ初対面でそういうことを言ってのけるので、僕は半分引きながらもどこかでちょっとスゲーなこの人、と思うところもありました。ある日、新人の女性社員を相手に、いつものようにその型はめ職人は手慣れた手順でせっせと型にはめていました。

「そうなんですよー! えーなんでわかるんですかー! コワーイ」

などと言って、型にはめられた女性は目を丸くしています。
型にはめた彼は、これ見よがしにドヤ感を出すでもなく、すまし顔。まあこれくらいは当然でしょう、と言わんばかりのすまし顔。

この一連の光景は僕の目の前でおこっていました。そのときは僕も、
「本当にちょっと喋ったくらいでほぼ初対面の子の深層心理をあばいてみせた! スゲー」
と感心していたものです。

しかし、ひとしきりカウンセリング男性のスキルを褒めちぎったあと、各自持ち場に戻る際、その女性がチラりと僕の方を向いて苦笑いをしてみせたのです。僕は背中がぞわっとするのを感じました。

あれ、どっかで見たことある顔だ。

自分の席に着いてからも、その女性の表情が頭から離れませんでした。
しばらく記憶を手繰った先に答えがありました。
あれは酒の席で父親がお客さんに対して偉そうな発言をしたときの母親の顔だ、と。「うちの人が、どうもすみません」の顔だ、と。

そしてすべてを理解しました。つまり、その女性は決して自分の深層心理を言い当てられたわけではなく、むしろ自分からその人が用意した型にハマりにいっていたのです。一瞬のうちに、この型にはめたい男性はきっとプライドの高い人間で、えー違いますよ-的な反応をしたらちょっと変な雰囲気になるであろう、であればその穴だらけのその型にこっちからハマりにいったほうが後々いい感じになるはずだ。と分析をしていたのです。

なんとも恐ろしい。彼女を型にはめてマウントをとった気でいる型はめ職人の男性社員は、実はしっかりと手のひらで転がされていたのですから。マウントをとっているのは実は彼女のほう。

その日、男性社員は完全に彼女を見切った、という風なスタンスであれこれと話しかけ、そのたびに彼女もふんふんと愛想よく応えていました。結果的に、社内はとてもアットホームないい雰囲気です。

これはその子の能力が高いのか、女性はだいたいそういう力を持っているのか、僕にはわからないところです。ただ、心なしかいつもより上機嫌なその男性社員を見ながら思ったのは、僕はこんな風に転がされたくないから、後輩相手に大立ち回りをするのは控えよう、ということでした。


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