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思い出はモノクロームじゃなくて天然色のカオスだった

90年代にあったセピアのフィルム、今思うと一本まるまるセピアで撮る状況が疑問なじゅんぷうです、こんにちは。

ゴールデンウィークの半分ぐらいはお仕事でしたが、お休みをとった一日、日帰りで地元に行きました。中学の部活メンバーの集まりがあったのです。これ、人に言うと「え、誰の…?」となるのですが、自分の!中学時代の!部活の!です!!保護者会ではありませんよ。

最後に集まったのがコロナ前の2019年でもっと地元寄りの場所でしたが、今回は大宮駅の近くでランチの予定。今は同じさいたま市ですけど、われわれ岩槻の民、とくに多感な中高生にとっては大宮に出ないことには何も始まらなかったというよくある話。この日、わたしは少し早めに大宮に向かいました。上野から高崎線で30分。そんな距離感なのに、じつに久々。約束は西口ですが、迷わず東口に。

さっそく東口の階段の手前でコージーコーナーまだあるんだと感動しながら下に降りると、そこにあるはずのマクドナルドがない。小学1年生ごろに生まれて初めてここでマックシェイクを飲んで「この世にこんな甘い飲み物があるのか」と衝撃を受けたマック、何年か前に燃えてしまったそうです。その先にあったはずのロッテリアは2階にジュークボックスがあってプリプリだのボン・ジョヴィだの聴いてた。西武や新星堂があったあたりもずいぶん変わりました。このまままっすぐ行くと、悪い子たち御用達の制服のお店や「大宮霊園」というお化け屋敷みたいなコンセプト居酒屋があったのですが、優先確認事項があるため手前で右折します。

一番街にあった喫茶店「ニュー伯爵亭」の有無を確かめる

ありませんでした。あのころ、今以上に場末の雰囲気ぷんぷんだった一番街。その2階にあった喫茶店。もうないだろうなとは思ってました。「ニュー」じゃないほうの「伯爵亭」はあとで行く予定。

一番街を抜けて、さらに歩きます。少なくとも20年ぶりぐらいに歩く場所なのに、土地勘て残ってるものですね。出ました、目的の氷川参道に。そうです、部活仲間たちと会う前に武蔵国一宮、氷川神社をお参りしようというおなじみの詰め込み活動。実家方面から行く場合は隣接する大宮公園を抜けて行くコースですが、今回は大宮駅から氷川参道を歩きたかったのです。さいたま新都心駅の近くを起点に、中山道の南北に伸びている氷川神社の参道。歩行者専用区間があり、この時期は清々しい気分で歩けます。この日の最高気温28度ですがね…。

二の鳥居
楼門が見えてきました

って、こんなに広かったっけ~?

公式様より拝借
花手水もおみごと

この一帯は盆栽の盛んな土地で、盆栽の聖地「盆栽村」もすぐ近く。ちょうど催しも行われていました。じゅんぷうの亡き父は盆栽趣味人で、子どものころ父に盆栽村に連れてこられたこともあります。実家の庭には父手作りのちょっとした棚があり、そこにずらっと盆栽が並んでいました。子どもじゅんぷうはサツキとか花ものはスケッチしてみたりしたけど、それ以上の関心はとくに持てず。それでも父が亡くなり形見分けで盆栽のほとんどがなくなったスカスカの棚を見たときは寂しかったなあ。

盆栽を見物して、拝殿でお参りしてから御朱印をいただきます。七五三もこちらにお参りしたんですけど、思い出といえばそのあと車酔いして、家に帰って晴れ着の帯を解いてもらった途端、派手にリバースしたこと。母が着物と部屋を汚すまいと、わたしを人間筆みたいに逆さまに抱えて窓から顔を出させたのが忘れられませんよ。人間てとっさにあんなジャイアントスイングのうつ伏せ版みたいなことができるものなんですねえ。

5冊目に突入した御朱印帳。やはり氷川様なので雲模様を選びました。

出雲族についての話はまたの機会に

埼玉は川の国なので酒造もいっぱい

これは知らなかった!戦艦武蔵の碑

参道沿いにあった「氷川だんご」で冷たいものでも飲みたかったのですが、満席だったのでこのまま駅方面に向かいます。さっき参道に出た地点よりもう少し先の中央通りまで行きましょう。

緑のトンネルです

中央通りに出て、大宮中央デパートがなくなっていたことに衝撃を受けるも高島屋ががんばっていて安心したりの一喜一憂。大宮駅にもどってLUMINEをパトロールし、西口に移動します。

西口デッキの風景はあまり変わらない印象。昔はよく手かざし教の人が「あなたの幸せを祈らせてください」と声かけてきました。西口も思い出はいろいろですが、トイレ行きたくてそごうへ。するとちょうど入口のからくり時計が鳴り出して、うわわわ!変わってない!わたしはピエール瀧が実家に帰ったときコンセントに「変わってねえなあ」と言ったという話が大好きなのですが、まさにそのトーンで、からくり時計と再会。

そごうの中のLoftと三省堂書店を巡回。この本屋さんで知らない人に駅~東口までつきまとわれた記憶がフラッシュバック。いやホントいろんなことがありましたが、そろそろ時間。お店はそごうのすぐ近くだと思うけど、デッキのどの階段を降りたら行けるのか…あまり人の通らなそうな階段をおそるおそる降りていると背後に人の気配。振り返ったら友だちでした。

みんな時間厳守で素晴らしい!剣道部女子、集合しました!
当時のわたしたちは乾杯といったら部活帰りに森永の自販で買ういちごオレ(紙パック500ミリ)だったのにね。近況や子どもの話などより何より盛り上がったのが、それぞれ近年ほかの集まりとかで撮った同級生たちの写真を見せ合いながら「これ誰?」「これ先生?生徒?」「え、これは誰?」「〇〇って誰…」「卒アルで確認したい~」という会話の無限ループ。みんなほぼずっと同じことばっかり言ってるのに、楽しいんですよね。学年8クラスあったので350人くらい同級生がいるんです。

1杯目はスパークリング
2杯目はモヒート

話は尽きずファミレスに場所を移して甘いもの食べつつ、また同じ話。ここでわたしは時間切れ。剣道部に別れを告げお店を飛び出して埼玉民の待ち合わせの定番、大宮駅のモニュメント「豆の木」へ。本日の第二部は高校時代のバイト以来の友というか姉とのデート。彼女と合流して、先ほど近くを通過した喫茶店「伯爵亭」へ行ってみると、外まで並んでるじゃないですか。昭和レトロ喫茶ブームはここまできているんだなあ。この暑さで並ぶ気力はないので、またあとで来ることに。先にお酒を飲んじゃおう。もう飲んでるけど。

「もちろんナンギンに突入するよね」

ナンギン、それは南銀座通りといういわゆるリトル歌舞伎町的な歓楽街。昔は映画館もいくつかあったしライブハウスもあった。この通りのバーでバイトをしたこともありました。客引きもいるし、どこにしようか少し迷ったけど路地の奥の炉端焼きのお店へ。

今日の3杯目。今日もねこ連れ。というのも…

2年前にお空に行ったあの子の姉ねこを、この友人が飼っていたというご縁。そもそも彼女経由であの子はうちの子になったのです。埼玉生まれなんです。2匹ともお空に行ってしまったけど、姉弟一緒にいるかなあ。

ねこ好きなお店のおねえさんがアクスタに食いついてくれた。しかしこの配置いいね

ビールの次はハイボールを何杯か。昭和の大衆酒場のような雰囲気のお店でたっぷり飲んで食べてしゃべって、やっぱりここでも昔の飲み仲間の記憶のすり合わせ作業。そして、夜の「伯爵亭」で締めパフェを食べながらさらにおしゃべり。わたしたちが出会ったバイト先も喫茶店です。

ロココ~

高校生のとき、ここ「伯爵亭」で学校サボってたんです。お店の電話で学校に遅刻か欠席の連絡して。だいぶ雰囲気違うけど、残っててよかった。ほかのお店はもうどこもなかった。

なんと24時間営業

彼女はわたしのことを「クラゲみたいだよね」と言い出しました。漂うように生きててそれが楽しそうだと。たしかにこの一日だけ見ても、記憶の海に漂うような不思議な時間でした。そして飲んでる間ずっと思い出せなかった飲み仲間の名前を、次の日の夜中に突然ビビビと思い出しました。

遠い日の思い出に漂いながらの何てことないある日の記録、お読みいただきありがとうございます。埼玉出身の土田晃之(同い年)が「埼玉県人は大宮で人生を教わる」「大宮をひとことで言うならスリルの街」とテレビで言ってた気がしますが、ホントにそう。スリルばかりじゃないけど、みんな生きる場所は変わっても思い出は残ってる。人の想いこそ永遠だと『鬼滅の刃』で御館さまもおっしゃってましたからね。またいつか、スリルの街で飲みましょう。

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