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女装官能時代小説「睦美丸秘抄」第4話〜法性花 

 顕性院二日目の朝が来た。目が覚めた菊童丸は、髪結と着付師がやって来るのが待ち遠しくて仕方なかった。女人のように装い、扱われる快楽に早く身も心も浸りたかったのだ。
 髪結いがやって来て白粉を塗り、紅を刺し、眉を描いていても、菊童丸も一昨日や昨日に感じた違和感はなく、鏡の中で女人に変化していくことまでうっとりと楽しめるようになり始めていた。

 背後では着付師がまた新しい着物の準備を始めている。衣桁に掛けられたのは、あざやかな藤色の打掛である。最近歌舞伎の女形たちの間でも大流行中の色で、江戸の娘たちの間でも憧れだが、高級素材なので美しい色のものは簡単には手に入らない。僧都が着付師に命じて、いかに菊童丸に心砕いているかが伝わってくる。
 「女形も奥女中も若い娘っ子もみんな夢中の藤色の打掛に、紫の掛下を用意させてもらいましたから、今日も色っぽう仕上げまっせえ。」着付師は今日もお喋りが止まらない。色っぽく仕上げてもらえると思っただけで菊童丸は無明火が灯る。「掛下も長襦袢も紫の色違いで揃えときましたけど、帯の締め方はどないしまひょか?」
 「あまり知りませんから、お任せします。」
 「そんなもったいないこと言わんと、せっかく女っぽくしてもらえるんやから、もうちょっと楽しまはったらええのに。」街中で見かけて気になっていた帯の結び方がないわけではない。たしかに昨日の吉弥結びにしても結んでもらって初めて、華やかな結び方だなあと町娘の姿を羨ましく眺めた記憶がよみがえったのだ。
 「昨日のおすすめも良かったので・・・。」
 「そしたら、昨日の吉弥結びの後に大流行りしとるのはどうでっか?女形の水木辰之助が始めた、吉弥結びの垂れたとこ長くした、水木結び。もう女子衆がみんなかわいいかわいい言うてまっせ。」少し前にどこかで見たような気もしたが、悪くないのかもしれない。菊童丸は小さく頷いた。

 「ほな、水木結びで。今日はぁ・・・
  廓の太夫っぽく、前で結んでみまひょか?」

 えっ!?着付師にまで自分の心の奥底にしまった願望を見抜かれたのかと驚いた。
 と同時に、昂ぶりはじめていた己が魔羅に全身の血が流れ込むような気がした。性的興奮に一気に全身が呑み込まれていく。

 「驚かんでも。ほら、ここに来たら、帰りにちゃんと僧都にはご挨拶して、注文もきかなあかんやろ。あんさんがどんな様子やったか聞かれるし、僧都からもいろいろとな・・・。」よく考えれば、着付師の言う通りで商売相手のご意向をうかがうのは当たり前だ。「昨日はあんさんが太夫の格好したそうにしてたって、そやから廓の太夫の装束一式用意せえって、僧都が嬉しそうに言うてはったんやで。さすがに太夫の着物は日ぃかかるんで、今日は気分だけでもと思て。」

 ふわっと紫色の掛下を肩からかけてもらい、袖に腕を通しながら、そんな風に言われると、恥ずかしさと興奮が綯い交ぜなまま、女人を装う快楽へずぶずぶと沈んでしまう。しかも、2人してそんな相談までして、太夫の装束まで用意しようとしているとは。

 「前結びで。」

 恥ずかしいので弱々しい声で伝えるが、言葉にした途端、魔羅は痛いくらいに大きくなった。なんと因果な心と体なのだろう。女人を装いたくていてもたってもいられないのだが、その気持ちを言葉にすると恥ずかしい。かたや、恥ずかしさそのものが 、また蕩けそうな興奮に菊童丸を誘う。被虐的な快楽までも彼の心と体に刻まれようとしているのだ。

 着付師は帯を準備すると、体を寄せて帯締めの作業に入った。ふとした拍子に、掛下の下で膨らむ魔羅が彼の体に触れてしまった。

 「えらい大きゅうなっとりますなあ。」

 昨日は力なく「無礼な」と咎めてみたが、太夫の衣装まで用意させている相手に取り繕ってみたところでしようがない。もはや頬を赤らめて俯くことしか出来なかった。

 「ほんま女人の衣装着はるんが、お好きなんどすなあ。まあここまで似合わはるから、そんな気になるのもわかりますけど。」キュッキュと帯締めの衣擦れの音が続きそれが止むと、衣桁から藤色の打掛をはずして、背中からそっと菊童丸に腕を通させる。

 今日もまた自分の知らない姫御前が、姿見の中にいた。

今日もまた自分の知らない姫御前が、姿見の中にいた。


 「いやあ、お綺麗やなあ。ほんま男にしとくんもったいないわ。よかったら、もうひと働きしましょか?大きゅうなっとるの、扱かせてもらいまっせ。僧都も承知でっさかい。」

 「えっ‼️」驚きのあまり、今度は声が出た。

 「僧都もお年でっから。若い子相手するのに、多少抜いといてもろた方がええっておっしゃってて。わてはお尻の相手はしまへんけど、お稚児さんの手慰みのお手伝いは今までも僧都公認でさせてもろてますねん。」
 なんと破廉恥なことを無遠慮に言い放てるのだろう。

 しかしその無遠慮さが、菊童丸の性的な快感回路を刺激してしまう。触ってもらえるのだと思った途端、菊童丸の「そのもの」がピクリと大きく跳ねた。昂った菊童丸は自分の欲望を理性で抑えることはもはや無理だった。

「お頼もうします…。」遠慮がちに蚊の鳴くような声ではあったが、菊童丸はそっと自分の欲望を口にした。

「どうしまひょ。まずは、こう着物の上から、なでなでしましょか。」後ろから菊童丸を抱くようにして、絹地の上から膨らみきった魔羅に手をおいた。
「ああっ。」嬌声が漏れてしまう。
「ええ声でなかはるわあ。この膨らみがなかったら、ほんま女子衆としか思えまへん。」
 さらに、垂らした水木結びの帯の下へと手を伸ばし、打掛も掛下も長襦袢もいずれの裾も無遠慮に分け入って、菊童丸のそのものに手をそえる。
(ああ、太夫になったつもりで自分を慰めた夜、そのまま。)下郎である分、僧都との時よりも空想そのままである。あの空想の筋書をなぞりにいく。

「おやめくだされ。」菊童丸は図々しい男の動きを制するふりをして、かたちばかりに抗う言葉を口にした。

「ほんまにやめてよろしいか?もう大きゅうなりすぎてまっせ。やめられまへんやろ?」着付師は言い募りつつ、握った魔羅を上下に扱き続けた。
「ああ、それは・・・。ああ。そのまま。もっと扱いておくんなんし。」
「あらら、廓言葉までつこて、太夫になりきらはって。かわゆおすなあ!」かわいいなどとと言われると、女人の心地が菊童丸の心と体を一気に満たしていく。昂ぶりは頂きへ向かい、無明火からは露が溢れ出し、その炎も消すほどに濡れる。
「そんな言われよう、男子(おのこ)なのに恥ずかしゅうございます。」
「恥ずかしいのんが、好きでっしゃろ。男のくせに女になるのが好きでっしゃろ。自分のことも【あちき⠀】て言うて見はったら、どうどす?」そう迫りながら、菊童丸のものを握る掌の上下動はますます速くなる。速くなるとますます濡れ滑る。今度は、昨日の自慰の空想がほぼそのままに現実となっていくではないか。
 「ああ、そんな、言わないで。あ、あちきはもう。」
「あちき言うてみたら、また大きゅうなって。いやらしい子や。逝きまっか?」扱き続ける着付師の掌の中で、菊童丸の無明火はびしょ濡れだ。蕩けるように精を噴き出して火が鎮まる時も間近に迫る。「それで?菊はんは、扱かれて逝きまっか?」
「ああ、あちきはもう・・・。」
 菊童丸は、びゅるっと白濁液を噴き出した。「ああん」と大きな嬌声を上げるのを、もはや堪えられなかった。

               ☆

 院内が騒がしくなると、院主である智性僧都が戻って来たことが、書院奥に位置する菊童丸の部屋にまで伝わってくる。

 心がざわつく。

 朝にしっかりと抜いてもらったはずなのに、僧都が部屋に来ると思っただけで、菊童丸の魔羅は膨らみ始めていた。自分の身も心もどんどん淫猥な世界へともっていかれてしまう。

「ほう、これはまた藤色の打掛がようお似合いじゃ。」部屋を訪れるなり、また無遠慮な鋭い眼差しで頭の先から爪先まで舐めまわされる。菊童丸の無明火がさらに燃え盛る。
「かような美しき打掛を頂戴し、果報者です。」
「そうか。しかも今日は前結びにして太夫の気分か。女子衆のように装うのが楽しいか。」
「またご無体なお尋ね・・・。」恥ずかしさに俯くが、答えは決まっている。「楽しい」と言葉にすると恥ずかしいのだが、女人を装いたくていてもたってもいられないのだから。ますます無明火は燃え盛り、掛下の絹をぐいと持ち上げる。

 「昨日から、灌頂が終わったあとの、名を考えておった。灌頂へ向けての用意をしながら、そのことを話そう。」

 僧都の方に向けて尻を高く上げて、四つん這いの姿勢をとる。灌頂の用意と言われただけで自ずと体が動いた。
<法性花と呼ぶ菊門に僧侶の無明火を迎えるために七日にわたって入れる指を毎日変えて太くしていく。まずは子指にはじまり、薬指・・・。>
 また詞書の言葉を思い出すことで、いやましに無明火が熱を帯びる。今宵の僧都は きっとその薬指を菊童丸に入れてみるつもりに違いない。

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