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デブとブランコ 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その1

軽く自己紹介しておこう。
俺の名は風間詩郎。
通称、シロタン。
シロタンのタンは片仮名、痰ではないからな。
そこを間違えないように。

性別は男、年齢は21歳、埼玉県の某市に在住のわりと普通の大学二年生だ。
あぁ、一回留年したからな、だから大学二年。
わりと普通、と言ったが俺の価値観的には普通だ。
普通なんてものは人の数だけある。
俺の普通が君の普通とは限らない。
その逆も然り、ってやつだ。

あぁ、普通だなんて言ったが、普通ってものは本当にあるのだろうか?
本当はどうにもならない糞みたいな現実を前にして、普通だと思いたいだけなんじゃないか、なんてことを公園のブランコに揺られながら思う。

ほんの30分前のことだ。


「詩郎、起きなさい」

母の声だ。
朝の起床の時間を告げに部屋のドア越しに声を掛けてきた。
時計の針は午前11時を指している。
朝か、俺にとっては朝ではあるのだが、世間一般的には昼前か、人によっては昼かもしれない。

万年床から重い身体を起こす。
起きたばかりだから重いのでは無い、俺の身体は質量的に重いのだ。
身長は約168センチ、体重は170キロ。

体重は小学校卒業時に100を優に超え、中学校の健康診断では体重計一台では計りきれず、二台を横に並べてそれに乗り測定。
その二台の体重計の合計で体重を測定していたのだ。
それでも俺は好きな物を好きなだけ食うという、ワイルドでロックンロールなライフスタイルを貫き通したお陰で、高校入学時には糖尿病と痛風のダブルで一歩手前、血圧は200を超えていた。
これは怠惰で自堕落な生活の証さ…

自室には空のコーラのペットボトルや、漫画、アニメのDVD等が散乱し、所謂片づけられない人の部屋の一歩手前といったところか。
そんな宝物とゴミが渾然一体となった混沌と退廃の坩堝のような部屋から出ると、俺は居間へと向かう。

居間には父の姿があった。
その姿を見た途端に憂鬱さが増す。
父の名は烈堂、風間烈堂といい、昭和の時代に何処ぞのプロレス団体に所属していたのだが、プロレスというエンターテイメントにおいて肝心な台本を無視し、手加減容赦無しの身勝手極まる残酷な戦いっぷりから赤羽の悪逆王と恐れられ、最後はプロレス業界から永久追放されたという話だ。
その頃の映像や写真といった記録を見たことないのだが、今も父の全身から漂う殺気に当時の恐ろしさが垣間見える。

白髪をこれ以上無いぐらい、究極に直角に刈り込んだ角刈りと、常に威圧してくる鋭い眼光、それとキセルが目印だ。
父は既に昼食を食べた後のようで、食後の一服でキセルの煙をくゆらせつつ、テレビを見ていた。
紫煙越しに父と視線が合う。
その刹那、嫌な予感がする。

「やっと起きてきたのか?この穀潰しめ」

父の酒に焼けたような低音の声は、欧米のデスメタルバンドやグラインドコアバンドのボーカルを思わせ、暴力的で威圧感のある響きを放つ。
俺を否応無しに萎縮させる響きだ。

「うん おはよう」

父の威圧感の前では声が思うように出ない。

「今日の授業は無いのか?」

「今日は授業の無い日だよ」

と返すと、父が露骨に不機嫌そうな空気を発する。

「家につんもぐってないで、外で遊んでこい」

吐き捨てるような一言だ。
つんもぐる、それの意味はわからないのだが、引きこもっていないで、という意味だろう。

「父さん、僕は」

と言い掛けた所で父の眼光がより鋭くなった。
問答無用の圧迫感だ。
俺は

[父さん、僕は昨日の晩から喘息の発作が出ているんだ。苦しいから外には出たくないよ]

だなんて言えなかった。

季節は秋、11月の中頃、真冬のコートを着るにはまだ早いが、秋物の上着では寒い時期だ。
ただでさえも重い身体が喘息の発作でさらに重く息苦しい。
寒さが身に沁みる中、俺は重い身体を引きずるようにして、やっとの思いで近所の公園にやって来たのであった。


俺は空を仰ぎ見る。
俺が物心ついた時には既にある公園だ。
家で何かあるとここに来て、何度こうして空を仰ぎ見たことか。
灰色の曇り空、どこまでも憂鬱な重く冷たい空気が俺を突き刺してきそうだ。

それにしても二十歳過ぎの息子に向かって[外で遊んでこい。]は無い。
それは小学生ぐらいの子供に言うことだろうよ。
しかし父にしてみたら、俺のような出来の悪い息子の扱いはこんなものなのだろう。
出来が良く、旧帝大に進学した弟の達也とは明らかに扱いが違うのだ。
弟の高学歴に対し俺は…、狭山ヶ丘国際大学という誰も知らぬ大学にしか進学出来なかった。

虚しい…
何故、俺はこの年になっても家から追い出され、公園のブランコに揺られているのか。

頬に冷たい一雫。
雨なのか?

いや違う、俺の涙だ。

そうさ、これが俺の日常、普通ってやつだ。

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