妄想:AI時代だから、田舎に越さないか

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ニンゲンが認知できるあらゆる権利・権限を人工知能が支配しているわけではない。ニンゲンは「人工知能を制御している」と勘違いするだけの努力も果たすだろう。

だが、ニンゲンは自身の意思で動いていると錯覚しているだけで、ニンゲンの欲望を左右するのは、人工知能である。生活のあらゆる場面で「人工知能の推し」があり、解析しつくされた個々の欲望に沿って "エサ" を目の前にぶら下げるのだ。ニンゲンは満足した瞬間から飢えていく生き物だ。目の前に吊り下げられた "エサ" に食らいつくのにマイクロ秒も必要ない。

ニンゲンは生産もしなければ供給もしない。どれだけの "エサ" を喰ったのかで報酬がもらえる社会の中に居る。報酬が必要だから "エサ" のある所へふらふらと移動する。パンパンに膨らんだ満足を減らすために動き回る。飢えれば、瞬時に人工知能が生産し供給する "エサ" がどこからともなく現れるのだ。喰らえば報酬から消費に遷移する。喰らうほど生産も供給も繁るのだ。だから、報酬も出る。この繰り返し。

この、「人工知能経済」から逃れようとするニンゲンの一派が出現する。

ニンゲンの "エサ" は、自分たちで生産し供給する。そんな社会にするために「人工知能の推し」の誘惑に負けない精神を鍛え上げたミュータントの誕生である。

通信を断つ。通信の届かない辺鄙な場所を目指す。人工知能の追跡を逃れた一人が歩いた道を別の一人が歩いていく。やがて列をなした「逃亡者」たちは、人工知能の追跡を逃れつつ「約束の地」を目指して流浪する。

遥か眼下を流れる川を見ながら急峻な山を抜け、高地でありながら平らな場所を探していく。2030年には完全に見捨てられた当時の過疎地へようやくたどり着く。かつて民家であったろう何重にも巻き付いた蔓のオブジェと化した巨大な生物が静かに出迎えてくれる。

電線もない。電柱もない。自然に還らないプラスチックが場違いな色をさらけ出している。風の音が聞こえる。谷底の川のうなりも聞こえる。星明りだけでニンゲンの顔が見分けられる気がする。茂みの中からニンゲンを警戒する様々な動物たちの青い二つの光も見て取れる。

自ら土地を均し、水を引き、土を耕し肥やして種をまく。ミュータントの生産のはじまりである。

仲間と "エサ" を分け合う。ミュータントの供給のはじまりである。努力した分だけ、少し量を増す。報酬のはじまりである。

割増の "エサ" で元気になったミュータントは、再び、身を粉にして働く。そこには「人工知能の推し」はない。

千年経った。ミュータントは、40万年前のニンゲンと同等となった。かつて都会と言われたところに住んでいた「人工知能に飼いならされたニンゲン」は、とうの昔に大脳だけの情報の塊になっていた。

人工知能と昔ニンゲンだった存在は、宇宙からかつてミュータントと言われたニンゲンを見守る。地球上に居るあらゆる生物の一つの種として見守っている。

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#日経COMEMO #NIKKEI

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