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読書メモ④『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』大前栗生

 92年生まれの著者で自分と同世代だないうことで親近感がありつつ、この本で読書会の提案があったので読んでみたが、とても良かった。全4章の短編で構成される本書だが、なんと言ってもやはり表題作の「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」がとても印象深くて、鮮烈に心に残る。
 舞台は京都の大学で、ぬいぐるみとしゃべる「ぬいぐるみサークル」に所属している男子大学生の七森が主人公。サークルでは部室でそれぞれが耳栓をしながら、ぬいぐるみに話しかけたり、文化祭ではぬいぐるみを自作したりしている。サークルの副部長曰く、「話を聞いてくれる相手がいるだけでいいこともある。それだけで人生が少し楽になる。」「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」のだ。(悩み事を誰かに打ち明けることは相手を傷つけることになると考える七森は、ぬいぐるみにさえしゃべらない。)
 身長が低く、中性的で繊細な七森は、男性が男性らしさを求められ、女性が女性らしさを求められる、大学生活の中で、社会の風潮の中で揺れ動く。男性の視線が含んだ上での「女性らしさ」を内面化した白城や、サークル仲間で男性の暴力的な行為に直面する事で恐怖を抱くことになる麦戸との対話の中で、少しづつ悩み事や人との向き合い方を学んでいく。思春期の大学生のリアルな視線を、あまりに繊細で瑞々しいタッチで描いるのも、この本の魅力の一つだろう。男性中心社会の中で男性である事の葛藤や、男性同士というホモソーシャルの会話における女性に関する会話の無邪気な暴力性への嫌悪、痴漢行為を行うような男性が現実社会に存在する事の絶望感などは、まさに学生時代の自分と重ねて読んでしまうところがあり、女性が現代社会で生きていくことの困難さを思うと、心苦しくなる。
 恐らく繊細であればあるほど現代社会では生きづらい。この本の主人公の七森は、繊細さを欠いたかつての同級生とも、本当の意味では友達になれないのだろう。その代わりに、というかその為に彼は悩みを抱える人のシェルターのような存在として成長していく。他者と向き合い、より良い社会を築くには、全ての人間が繊細である必要はないが、相手を知ろうとする事や想像力を持ち合わせる必要はあるだろう。文学とは、登場人物の思考の流れを追体験できるものでもある。だからこそ現代の若者を描いた、あまりに繊細なまでのこの本が、より多くの人に読まれることに意味があると思うし、それを強く願っている。


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