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【短編小説】消さずに続けていく

 魚兵、UOBAY、魚Bay、うおべい、ウオベイ、WowBay(なんやそれ)
チラシの裏に書かれた言葉たち。

 今家族会議が行われている。
俺は調理師専門学校を卒業後、イタリア料理店で修行してきた。
 高齢に近づく親父のことも考え、家族で営んできた魚屋「魚兵」を、海鮮イタリアン料理の店にして継ごうとしているのだ。
 この件について、親父は快く受け入れてくれ、母親と共に店を手伝ってくれるとも言ってくれた。
 俺には弟のタクミがいるが、まだ中学生だ。
料理の道に興味をもってくれたらうれしい、と内心思うのだが、本人にはその気はない様子だ。

 さて、たくさんの「うおべい」が書かれたチラシの裏を中心に
家族会議が行われている理由は、今その海鮮イタリアン店の屋号を
決めているのである。

 「そのまま魚兵でええやないか、親しみあるし」
と言う親父。
「心機一転で変えてもええんちゃうん。」
とタクミ。
「お母さんはなんでもええわ。ナオトとお父さんで決めたら?」
と母。
「魚兵やったら居酒屋みたいやないか。せめて魚Bayにさせてくれよ。」
とナオトである俺。
 なんだかんだ言っているうちに、親父は酒がまわってきて、
「な、ナオト、今の店の看板使ったらええねん。」
と言い出した。
「え?あのでかい看板のことか?」
 親父が言っているのは、筆で「魚兵」と、漁船の旗に書かれているような文字がある看板のことだ。
かれこれ半世紀以上、雨風に耐えてきた代物で、勲章のような傷だらけの看板である。
 「いや、ちょっとそれはないわあ。」
「なんでやねん!あの看板がうちを支えてきたんや。功労者やで!」
「わかってるけど、それ使ったら何屋かわからんやないか。」
「イタリアンにこだわりすぎなんや。ホンマ難しいやっちゃのう。」
そう言って親父は座布団を半分に折り、枕代わりにして寝てしまった。

 親父はそう言うが、屋号ってのはかなり重要やと俺は思う。
「魚兵」と聞いて「イタリアンの店ね!」とはならんやろう。
それに、祖父の代から守ってきた店の屋号やから、表示だけ変えようとしてるだけや。
俺が気を使ってるの、わかってくれよなあ。
「魚Bay」
これが俺の中でベストやのになあ。

 1月後―
魚兵の改修作業が明日から始まる。
店内のレイアウトは、設計施工会社に勤める友人がいたので
俺は何度か打ち合わせを重ね、頼んでおいた。
 白を基調とした木目のデザインで、カウンター6席、テーブル3席、
そして親父の希望で、座敷を1室設けることにした。
座敷があると、小さな子供や高齢者を連れた家族でも入りやすいという案で、それは納得だった。
屋号はどうするか、の問題は…。
「魚Bay」に決まった。

 当日、長年頑張って守ってくれていた「魚兵」の看板が
いよいよ取り外される時が来た。
取り外された看板は、そばで見るとかなりの大きさだった。
塗装も剥げ、ひびも入っており、頑張ってくれていたのがよくわかる。

 親父はその看板を、家の裏庭に運んでくれと業者に頼んだ。
どうするのかと見に行くと、ホースとブラシで洗い始めた。
「ありがとなー。」
そう言いながら。

 俺はなぜだか寂しさという感情が湧いてきた。
なんか間違ったんやないか、と。
いや、正しいとか間違っているとかやない。
忘れていたことを思い出したかのような感覚だった。
 時代は回っていく。
古いものから新しいものへ。
でも、思い出は古いも新しいもないんやないか。
ずっと生き続けるもんやないかと思った。
「オトン、俺も手伝うわ。」
俺もブラシを倉庫から出してきて洗った。
ふたりは無言で看板を洗い流した。
そして洗い終えた看板は、裏庭の倉庫に立てかけて乾かした。
 その晩、俺は設計施工会社に勤める友人に連絡をした。

 それほど大きな店ではなく、ライフラインも元々通っているので
改修工事は順調に進み、1か月ちょっとで完成が見えてきた。
タクミは少しでも手伝いたい、ということで、オープンのチラシを
PCで作って、当日に駅前で配ると言ってくれている。
店頭に掛ける暖簾も届いた。ライトブルーの暖簾だ。

 そして今から、以前友人に連絡した件を行う。
結構な重量だが、この施工変更にあたり、耐えれるように造りも頑丈にしてもらった。

 「オトン!!来てくれ!」
居間でテレビを観ている親父を呼ぶ。
「なんや、どないしてん!」
「ええから!はよ!」
面倒がる親父の手を引いて俺は店先へ向かう。
「ほら!これ!見てくれ!」
「おおおおお!」

 俺は以前店を守ってきた「魚兵」の看板を
新しい店舗の看板にした。
ライトブルーの暖簾に「魚兵」の看板は深いブルーに塗り替え
一際目立つようにした。
「これからも魚兵は続いていくやろ?」
「ああ、そうやな。続くな。」

 そこへタクミが学校から帰ってきた。
「あれ?兄ちゃん、魚Bayとちゃうやん!!」
「なんでやねん、これが新しい魚兵や。」
「えー!!チラシ作り直さなあかんやん!!」
「んなもん、すぐ修正できるやろ。」
タクミはブツブツと言って家に入って入った。

 俺と親父はまだ魚兵の看板を見ていた。
「写真でも撮ろか」
俺はスマホを取り出す。
「んなもんいらんてー。」
「ええやんかー、ほらこっち向いて。」
スマホで撮った写真は、チラシに載せてもらおう。
親父に怒られるかな…。

~補足~
下手くそですが
👇こんな感じです…笑(作成:タクミ)









 

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