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アートの義賊団が仕掛けるド級のミッション


今回の作品は結構エンタメ性が強い印象を受けた。
前回読んだ『ゲルニカ』とはまた違った文体で、その作品が生まれた背景や時代などにももちろん触れるのだけど、重すぎることなく、カジュアルな感じに仕上げられていた。
登場する人物たちは国際色豊かで、日本人もいればフランス人やトルコ人もいるなど、結構な数の人が登場する。
しかもそれぞれにニックネームというかコードネームで呼び合い、SFのような最先端のテクノロジーを使った端末が出てくなど、ちょっと現実離れした感じもあった。
それぞれの人物は超エキスパートの専門家で、世界的にも成功していると言っていい。
そんな彼らがアートを愛してやまない「ボス」のもとに集まり、アートを独占して好き勝手にしようとする者たちから、奪われた作品を本来あるべきところへ戻し、人々のためにあるアートを保護しようとしている。
「アノニム」と名乗るこの集団は、中身はかなりのプロフェッショナル軍団で構成されていて、ちょっともう自分とは住んでる世界が違いすぎるなと感じてくる。
舞台となる香港にも、世界中から大富豪がやってきたりして、きらびやかな世界が眩しすぎた。
読み進めるうちに、頭の中ではカトゥーン (アニメ調) に変換されたキャラクターたちが動き回り、実写というよりはアニメーションのような世界観が似合っている気がする。

「アノニム」がアートを守るヒーローとすると、敵役には全能神「ゼウス」の名を冠したアートコレクターが登場する。
金に物を言わせて欲しい作品は何がなんでも、手を汚してでも自分のものにするという貪欲家。
香港で開催される最大級のアート・オークションに出品されるという、アメリカの画家ポロックの未発表作品を何がなんでも手に入れる、というミッションに金を注いでいる。
そんな彼の貪欲さを逆手に取って、金を巻き上げようという「アノニム」の罠だとも気づかず…。
みたいな設定で物語は進んでいく。
もちろんポロックとは何者なのか、近代の芸術にどんな影響を与えたのか、画家はどんな苦悩を超えて作品を生み出したのか、それらの背景も描かれる。
しかし全体からするとちょっと解説程度、ぐらいの分量で、それほど深くは追求していない。
「アノニム」のメンバーも、「ゼウス」についても深いところまでは語られず、今回は内容よりもエンタメ性に重点が置かれている印象。
画家の作品と対峙するというよりは、一歩を踏み出したことが未来に大きなうねりをもたらすかもしれない、それを信じて突き進むことが未来を変えるきっかけになるんだ、そんな勇気や希望やエネルギーを与える力がアートにはあるんだ、みたいなメッセージ性が全面に出ていた感じ。
もちろん忘れてはならない肝心のオークションは、競りの場面が一番盛り上がるし興奮する。
だんだん値段が釣り上がり、これ以上は危ない、というギリギリのキワキワを攻めていく描写がたまらない。

香港では、イギリスから中国に自治権が返還されてからデモが起こったりといろいろ物議を醸していたけれど、市民が立ち上がることで未来が変わるかもしれない、行動することが大事なんだ、ということとリンクしているのだろう。
日本ではめったにデモなんて起こらないし、国を揺るがすほど大規模にもならない。
それだけ日本人は上から強いられることに反発せず、従順に言うことを聞いてしまう国民症なので、香港のように、あるいはフランスのように、自由のために立ち上がる人がどれだけいるんだろう、と思ったりする。
自分たちの未来のために行動する、一歩を踏み出す。
規模が大きかろうと小さかろうと、どんな人も胸に刻みたい大事なポイントだと思う。

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